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「君は僕を愛してるんだよ」
 低く、そして小さく囁かれる言葉にアベルは虚ろな視線を向けた。
 兄カインはベッドの隅に座りながら、窓越しに写る月を眺めた後、弟を振り返り細く笑んだ。
「アベル、会いたかったよ」
 一言で言えば哀愁。
 物悲しげな瞳は、それでもアベルを見つめ笑っている。
「……カイン、どうして?」
 アベルの虚ろな瞳は今一度、視界に入った主を見て正気を取り戻す。
 夢ではない。
 こうして目の前に、かつて愛した兄がいる。
「どうして今更……」
 言葉よりも早く、アベルの体は導かれるようにカインの元に舞い降りた。
「遅くなってゴメンね」
 悪戯に笑うその美貌を、違えることのない同じ顔を、唯一違う金糸の髪を持つ兄を、アベルは抱きしめた。
「遅すぎるじゃ、ないですか……」
 その問いかける言葉一つ一つに疑問を抱き、答えを求めながら。
 しかし、期待した答えは何一つ返ってはこない。
「アベル、一つになろう?」
 紡ぐ言葉より早くカインの細く白い指先は、アベルの唇をなぞる。
「昔も今も、君は僕を愛してくれてる、そうでしょ?」
 問いつめ、責め立てるように、有無をも言わさない表情はそれでも笑う。
「愛してるんだよアベル。僕は今も昔も君だけを愛してる。君を必要としているんだ」
 優しい笑みに、アベルは返事を躊躇った。
 また甘えてしまう。
 忘れた過去を思い出し依存して、頼り、また必要としてしまう。
「ね、アベル?」
 だから、
「カイン兄さん」
 その前に、
「ん?」
 この塞がらない傷を、
「ごめん」
 抱えたままでも
「アベル……?」
 違う世界を生きて行こうと、
「もう、貴方と同じ空を見上げては、生きて行けないんです……」
 決心して。
「どうして? どうしてなんだいアベル!?」
 思いもよらない言葉にカインはベッドを退いた。
 驚きと動揺の色を濃く顔に写し出し、言葉は怒気混じりになる。
「すいません」
 うっすら微笑を称えた銀糸の笑顔は、張りつめた湖の氷のように冷たく、視線は虚ろに泳ぎだす。
「本当に、すいません……」


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あきゅろす。
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