ドグマ -dogma- ]W

「つまらない言いがかりはよせ。昨日の今日で頭がおかしくなったか?」
 話題をさりげなく反らし、揶揄するように唇の端を持ち上げて笑うと、相手の顔は一掃険しくなった。
「どうして話を反らす!? 図星だからだろ?」
 なかなか引き下がらない男はなおも話の確信を突こうとする。いい加減、私の神経も耐え難い苦痛に苛々が募ってくる。
 ここで一思いに殺すことができたら、どんなに楽なことだろう。
「ならば、その話が誠の真実だとして、お前はどうするつもりか? 牢に入れられ鎖に繋がれて何ができる? 足りない頭で少しは考えてみろ、リュージュ」
「――!」
 驚愕というには足りない表情を見せた男は、瞬きすら忘れて私を見つめる。
 そして後遅れして息を飲む音が響く。
「あんた、どうして俺の名前を? やっぱりそうなのか……?」
「ああ、そうだ」
 自分の名前を呼ばれて、疑問に答えてやったにも関わらずまだ半信半疑の状態なのはなぜなのか。
 冷えた牢屋に沈黙が訪れた。
 狼狽する琥珀色の瞳が、視線を反らすこともできずにこちらを見つめていたが、それも長くは続かない。
「近々、刺客としてお前が来ることは知っていた。まさかルーベンス様が配下にしたがるとは予想外の展開だったが、まぁ、そんな話はこの際どうでもいい。リュージュ、私が自ら身の内を明かしたということは、これから先、自分がどうなるか察しがつくか?」
 ここまできたからには、もうやるしかない。
 今すぐにでも殺してやる――殺意はぐらつく熱湯と同じくらい激しく胸を込み上げてくる。
「どうなるか? はっ! 俺はここを逃げてお前のことを組織に報告する。絶対にだ」
「……そうか。それはめでたい話だ」
 思わず笑いが喉を出て、嘲笑となって辺りを包む。
 意気立った男へ距離を詰め、逃れられない場所まで近寄ると鳶色の髪に触れる。見る間に嫌悪感を剥き出しにしたこいつにできる抵抗は、せいぜい睨みつけることくらいだ。
「いいか。自分の正体をばらす者を易々と生かしておく奴はいないだろう? 私が寝返っていたことを組織に伝えようものなら、その指を落とし、腱を切り、舌を抜くくらい造作もない。つまりお前は、ここで誰に悟られることなく寂しく息絶えるということだ」
 ここ一番の挑発にリュージュは詰めた息を吐き出した。


[*←|

14/14ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!