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何でも何度でも
ミツバ、と思った。
 彼女の死んだのが、こんな夏の日だったからだろうか。急に彼女を恋しいとも、すまないとも思ったわけではなかった。ただ思い浮かんで、それだけだった。
 長い年月を経て、俺と総悟は寄り添い合う仲となった。冬になると、外の温度は冷えていくのに、総悟の俺を見る視線は熱くなった。それが伝染したように、春が来ると俺の胸にも熱がこもった。俺の前だけで見せる、少し科ったような態度は、俺の心を捕えて離さなくなるのに、他に何もいらなかった。何かにバチンと我慢を切られて、急に固く抱き締めることがあっても、総悟は嫌がらず、むしろ頬を染めて身をよじった。
「ひじか、さん」
舌ったらずに、胸に頬を擦りつかせてそう言われたら、吼えるように名を呼んで、抱き込み朝まで揺さぶり続けた夜だってある。昼間は少しツンケンしているものの、二人でいるときには、総悟は至って従順だった。まるで昔が嘘みたいに。別人になってしまったかのように。同じ蒲団の中で目が合えば、目を逸らしてはにかんだし、何かにつけて、俺の肌のどこかに触れたがった。愛しすぎる猫だった。日が暮れると、文句は何も言わなくなり、俺のどんな強引な愛し方でも、嫌な顔をせず受け入れた。いよいよ色小姓みたいになっていた。周りも感ずいたし、何より総悟の様子が変だった。俺に全てを預けるみたいな、乱暴な聞き分けの良さだった。だけど恋人として申し分ない奴に、なぜか俺はだんだんと嫌悪感を持った。飽きたわけではない。どこが嫌だというはっきりしたそれも無い。それなのに嫌気がどんどん積もって、総悟が嫌いになりかけた。凄く腹が立って、今度は俺がろくでもなくなった。理由まだ、そのときには分からなかった。
 最後に抱いた夜、俺は仰向けに天井を見ていた。息の落ち着いた総悟が、もぞもぞと俺の剥き出しの胸に乗っかってきた。胸と胸を合わせるように、耳に俺の鼓動が聞こえるように、頬に俺の体温が感じられるように、目を閉じてじっとする奴に俺はそのとき気づいたのだった。『こいつは、俺の中に何かを見ている。』俺なんか見てない、俺の体から何かを探りよせている。あまりに従順な仕草、安心しきった顔、俺に全てを預ける、必死めいた素直さ…

ミツバ、と思った。

俺はミツバなのだ。総悟は俺のことをミツバの身代わりにしている。
「ひじかたさん」
呟くように言った総悟に思わず声が出た。
「重い」
今までの空気に似つかわない、自分が思うほどよりも冷酷な声にゾクリとした。一気に変わった俺の様子に総悟は聡い。
「土方、さん?」
俺を見上げた総悟の目はすっかり落ち着いていた。
「重いんだよ」
俺に全身を乗っけていた総悟は、上半身を起こして床に手をついた。
「俺の、何が重いってんです?」
「お前が重いんだよ!」
いきなり声をあげた俺に、咄嗟に身を引いて蒲団の端に女座りした。
「俺の、あんたの愛し方が重いって言うんですかィ?」
冷めきれなかった体の熱だか、俺に対する怒りからか、総悟の頬は上気し、目もだんだん野生めいた鋭いものになっていった。
「へぇ…」
無言になった俺を見ながら、近くの着物を手繰りよせていた。
「アンタ、ペラッペラの軽いもんとか好きですもんねェ」
挑発的な視線にはもう、色恋など存在していなかった。
「人の命とか?」
「…テメェ、って良い冗…」
「姉ちゃんとか。」
「ふざけんじゃねえよ!」
ミツバのことが口から溢れた途端、襲いかかりそうに向かっていった俺から逃げるように襖に向かい、転びそうになりながら小走りで自室に戻っていった。部屋で一人になったら、がくりと膝をつきそうになった。己の頭の中を見透かされていたような衝撃と、立ち上がって掴みかかりそうになった、俺を見る総悟の一瞬怯えたような表情のせいで。

つづく

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