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TAKE CARE
「何で、」
 沖田は空を見上げていた。入道雲はムクムクと盛り上がったような形をして風に流されていく。時々人のような姿に見えるのは何故だろう。やれソフトクリームだオムレツだなどと形容する子供の歌があるけど、その感覚はよく分からない。キリスト教の絵画に出てくるような筋骨隆々の人間が、足や手を投げだし青空の中に寝っ転がってるようにしか思えない。てめえは良いよな。地球の周りをスイスイ泳ぐだけだから。俺にもそれぐらいの滑らかな考えが欲しいと思った。川のようにサラサラ流れる透き通った思考が今さら欲しい。
「何で女ってのは、懲りないんでしょうねェ」
 最近霞がかかったように物事がうまく掴めなくなった。いつもフワフワ浮かんでいるような夢の中を生きている気がした。分かりきっていることを上手く処理できないのは、俺がコンピューターじゃないからだろうか。それならきっと、こんなモヤモヤをとっくに振りはらっている。そんなぼんやりを数ヶ月ほどずっと引きずっていた。その靄を背負いながら、河川敷に身を崩す。最近の俺の暇潰しエリアの、コンクリが突き出たその場所は誰にも見つからない。バーベキューをするやつだって、こんな奥まではやってこない。見廻りの時間はずっとここで空と川を見つめている。ここんとこは人やゲームと向き合うよりも自然の方が肌にあった。川の底には億の命が蠢き、空の向こうには銀河がと思えば、唯一、このお悩みもちっぽけなものに思えるのだが、雑踏に紛れ誰かと誰かのごちゃごちゃした会話が耳に入れば、それは俺に大きく襲いかかって、世界を見えづらくするのであった。
 そんななのに、ある日の夕方には白髪の男が隣に座った。大江戸スーパーとでっかく書かれた小さな袋を提げている。最近、レジ袋はどこの店でも有料になった。一番小さな袋でも一枚に五円がとられた。いつも金が無いとなげていているなら、そういう金から締まればいいのに。でもこんな話もきっと、この人には無意味なんだろう。袋の中身はドライアイスのかかったバニラ味のアイスが三つ。

「よく女をとっかえひっかえする男と付き合う気になるモンでさァ。やっぱり自分のモノにしたっていう優越感なんですかねェ。これまでの女と同じ運命を辿るってェのにどうしてそう思わない?自分は違うんだっていう自信があるんでしょうね。何をしたって、前の女と比べられる訳じゃないですかィ。値踏みされるなんて、俺なら絶対嫌ですけどねェ。」
「…沖田君には女形の才能があるね。」
「やめて下せェ。」

 腐れ縁だとかいうやつで、この人と俺らは切り離せない。なんやかんやあって、この人は俺たちのことを知りすぎた。それとなく組内の人間関係もわかっているハズだ。誰が上司で、誰が部下か。こいつとこいつは案外仲が良いとか、そういうどうでもいいことばかりでなく、もっと深いことまで知っているとしたら?果たして、俺の恋心をこの人は知っているだろうか。日頃の土方イビリも、旦那の前となるとぎこちなくなる。そういう動物的なものに長けていそうな実態の掴めない男だ。それでいて風のようだから、こんな俺を見つけ出すのだ。
「鈍感なんだろ。」
そう言う旦那の声はしっかりとしていて、大人と子供の違いをそこにはっきりと感じた。
「鈍感で、図太い神経のやつだからこそできるんだよ。そいつらはまず動いて、そっから考えんだ。馬鹿なんだよ。でもな、物事よくわかって、よく出来てる人間に限って、逆に考えてばっかりで、何にも出来ねェんだよな。どっちが良いとか悪いとか、なかなか言えねェもんなんだぜ。」
「…アイス、もう溶けるんじゃねェですかィ。」
「そうだな。もう帰るわ。」
 じゃり、と小石や小枝の類いを踏み込んで旦那は立ち上がる。お尻のところに土がついて白地が少し汚れていた。
「じゃあね。」
 手を振って歩いていく旦那に軽い会釈で返した。人がいなくなって吹き抜ける風が少し冷たくなった気がした。『良薬口に苦し』咄嗟に頭の中に浮かんだ。薬はもらった。苦かった。あとは処方箋をよく守るだけだ。


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あきゅろす。
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