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短編
極道さんにお使いを


ブーッブーッブーッ……

デスクに置いた携帯がバイブで振動しながらメールの到着を知らせる。

ぱかりと開くと当然組長さんが差出人だった。


『今から帰る』

たった一言だが、必ず来るメール。

最初は出迎えて欲しいのかと思い、玄関で待っていた。
すると酷く驚かれ、喜ばれた。
俺の思い違い。でもあの喜び様が忘れられずにずっと出迎えている。

虎三郎にリボンでもかけようか。お帰りなさいとメッセージをそえて。
なかなかなアイディアだ、今度試そう。

そして俺は数行打ち送信する。


『お帰りなさい。すみませんが帰りに牛乳買ってきて下さい』

数分後、また携帯が振動した。


『分かった』



−−極道さんにお使いを−−



玄関先でざわめくのが分かった。俺は読んでいた本を閉じて部屋から出る。最初は屋敷の中でも見張りがいたものだが今はいない。だいたい愛の告白までやったんだから逃げるか。
むしろ組長さんの浮気が心配だ。あれでモテるんだから気が気じゃない。銀座とか行かないだろうな。
廊下を進んでいくつか曲がって玄関に出た。組長さんを乗せたメルセデス・ベンツが優雅に滑り込んでくる。いつも思うが運転手、運転超上手い。カーチェイス出きるんじゃなかろうか。
ハイウェイで片輪走行とか出来そうだ。ちなみに組長さんは車を三台所有している。しかしいつも誰かしら幹部の車が停まっているから正直識別できない。
だが黒塗りの車がひしめく中場違いに居心地悪そうに鎮座しているヴィッツが一台ある。組長さんの三台目の車だ。
黒塗りのいかにもな車で公共の施設に行くのは一般人に悪いから、と所有しているらしい。
ヴィッツから三つ揃いのスーツにサングラス、オールバックが出てくるほうが問題だろう、普通に。
まずは格好をどうにかしろと思う。組長さんたちはスーツか着物しかないのだから。
…今度ユニクロに連れて行こう。

「お帰りなさいましっ!」

外で舎弟が一斉に頭を下げたのが見えた。
その真ん中をレジ袋提げて組長さんが歩いてくる。不似合いこの上ないがまぁ、微笑ましい限りだ。
俺は虎三郎の前に立って組長さんを出迎えた。出迎えるっても三つ指ついてじゃない。普通に「お帰りなさい」というだけだ。後鞄くらいは持つ。…あれ?俺は妻か?せめて妾か?
それにしても映画の中だけだと思っていたのに。あの、舎弟たちの角度45度のピシッとしたお出迎え。
初めてあれやられたときは吃驚しすぎて「え、ええと、た、ただいま?」なんてやらかした。

「お帰りなさい、組長さん」

「ああ。…これ」

「あ、ありがとうございます。やっぱり身長伸ばさないと、俺もうギリギリな成長期ですから」

そう。俺は自慢じゃないが170ジャストな身長だ。組長さんが187あるから(測った。柱に立たせて)悔しくて仕方が無い。小さいのだ。この組にいる誰よりも。だから俺は牛乳を呑んでいる。ほぼ毎日。いりこを齧っていたときは必死に止められた。
いりこって美味いんだぞ意外にも。

「お前はそれでいい」

「よくないです。足短いですし」

「いい」

牛乳を舎弟の一人に渡して組長さんの鞄を持ってついていく。俺の仕事が始まるのだ。
永久就職したからにはお勤めに励まなければ。
まず、組長さんの着替えを手伝う。これってセクハラ、もしくはパワハラなんじゃないかと思うことは何度もあったが鍛え抜かれた肉体を見せ付けられる度に落ち込むのにも飽きたので最近は楽しんでいる。
着流しの着せ方なんて一生覚えたくもなかったがしょうがない。脱いだスーツをハンガーにかけ、紺色の着流しを着せる。されるがままの組長さんは何か可愛い。
このまま襲おうか。いや返り討ちだな。
それにしても背中の龍がムダにかっこいい。仁侠らしいっちゃらしいがこの龍に爪を立てられるのは俺だけだと思うと愛おしくなったりする。
こいつの名前は龍次。組長さんの背中に宿った龍なんだから俺の愛情もひとしおだ。

「出来ました」

組長さんは頷いて部屋を出た。俺も後を追う。この後は食事だ。俺と組長さんは二人だけで食べる。静かな食卓だが組長さんは飲んでばかりでお膳にもつまみくらいしかない。
俺の目下の使命はきちんと食わせることだ。組長なんてストレス多い管理職なのだからきちんと食べなければ。
お酒を飲もうとした組長さんからお猪口を取り上げる。ぴくりとこっちを見た目つきはめちゃくちゃ怖い!!だけど負けてられるか!

「食事後にお願いします」

「俺の勝手だ」

「いいえ。きちんと食べないでしょう」

「喰ってる」

「いーえ!!食べてません。組長さんは組長さんだけの身体じゃないんですからね」

「俺は妊婦か」

「似たようなモンです」

俺はお猪口も銚子も取り上げて席についた。しぶしぶ食べる組長さんに笑いかける。
ヘビースモーカーなのにこれ以上悪くさせるか。これも俺の仕事のうちだ。給料ないけど。

「…お前、筋肉ついたか?」

「あ、分かります?筋トレ増やしたんです」

「落とせ」

「へ?」

「ムキムキを抱く趣味は無い」

「…はぁ」

ま、まあこれも仕事だよね。体型維持。どうでもいいけど組長さん、細い奴好みだったのか。おれ自身は嫌でたまらないが俺のサイズはマネキンと同じだ。正直痩せすぎ。
マネキンが好みとは…。組長さんもなかなかコアな趣味をしている。

「あ、組長さん。映画観ませんか?」

食事を終える。うん、今日も美味かった。お酒を返却しながらそう聞くと組長さんは目線で聞いてきた。
こういうとこ可愛いよね。俺、組長さんが可愛くて仕方ない。よし今度眼科行こう。35歳の強面が可愛いなんて何かを俺は踏み外したに違いない。階段を転げ落ちたんだな、きっと。

「マトリックスですけど」

俺はパッケージを見せた。今気づいた。組長さん、モーフィアスの格好ナチュラルにしてる…!!
日本人でこれが出来るなんて…やっぱりただモンじゃねえ!!

「あ、組長さん、ポップコーンとポテチ、どっちがいいですか?」

「いらん」

「映画の三種の神器じゃないですか!!ポップコーンorポテチに飲み物、それに暗い照明!!今から買いに行きますからどっちがいいですか」

「お前が行くのか」

「当たり前です」

「俺が行く」

「…いやいやいや!!駄目です」

「お前も駄目だ」

「んじゃ一緒に行きます?」

俺の譲歩案に組長さんはあっさり頷いた。警備上の問題があるのでヴィッツで近くのコンビニに行く。運転は組長さん。さっき舎弟たちが追いすがっていたが組長さんは振り切ってしまった。若頭がニヨニヨしていたのは気にしない。
コンビニに入ると店員が怯えた目をした。そらそうだ、組長さんだもんな。客はそそくさと出て行く。俺もそうしてたな、昔は。
菓子コーナーへ行き、迷うのも面倒だったので両方持ってレジに行き財布を取り出す。
大学三年間で貯めたお金だ。組長さんから小遣いなんて貰ったら俺は死ねる。…バイト探さないとな。
しかし組長さんは俺を押しのけるとおもむろに言い放った。

「あの棚の菓子を全て貰おう」

「は?」

「俺たちは面子で生きてんだ。ちまちました買い方なんかできるか」

「いつものお使いは?」

「…」

「まさか」

組長さんは気まずそうに目をそらした。
ああ、やっぱりそうか。俺の間違いじゃないか。絶対ケースで買ってやがる…!!
だめだ。体裁とか格好とかどうでもいい。根本的な問題を解決しなくてはならなさそうだ。

いくつもの袋を抱えながら俺は決めた。

しばらく、お使いはやめておこう。







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