短編
ショコラの愛撫
微裏
一周年記念
ショコラを創る指が、引き金を引く指を愛撫する―――。
武蔵の大蛇は、いま、男の下で喘いでいた。
「ひァッ………ンゥウッ」
「可愛い……凄く可愛いくてたまんないよ久人」
「あ、あァッ…」
ショコラを創る指が久人の肌をなぞり、くちゅ、と音を立てて雄を愛撫する。
鍛え上げた肉体をまるで女にするように優しく味わう。
「俺の下でもっと啼いてよ久人……」
久人はぐっとシーツを握った。極道でありながら、男に抱かれている。女にされた体は、幸壱のぺニスが欲しいと訴えていた。ただ、普段から寡黙な久人に、それが言えるはずもなく口から出るのは意味不明の喘ぎだけだ。
「血の匂いがする……やっぱ極道だね」
「っ!」
「心配しないで、血生臭くても、久人なら、まるでショコラみたいに甘いから」
甘く虜にする肉体に舌を這わせながら幸壱は言った。
主に選びショコラを捧げる唯一の人から血の匂いがしたら興奮するようになったのはいつからだっただろう。それは久人自身が高ぶって積極的になってくれるからだと思う。まるでパブロフの犬だ、と自嘲して蠱惑的な赤い乳首をちろり、と舐めた。
「ん、ひっ」
「感じるんだよね、久人……そう、仕込んだもの」
ぐいっと割り開かせているため密着している久人の雄が熱く脈打っているのが分かる。
乳首だけでイかせてみよう、と幸壱はかりかりと引っ掻いた。
「あ、ああ、っ、や、やめ、」
「悶える久人、可愛い…好きだよ久人、綺麗で可愛い久人」
悶えながら。いやがりながら。止めながら。決して実力行使に出ない、可愛い久人。
喧嘩とは無縁な幸壱を久人が突き飛ばせば、どんな怪我をするかわからないから。戒めるようにシーツを握りしめて、久人は耐える。
その牙が決して幸壱を、貫かないよう。
「くすっ………ああもうなんでこんなに可愛いかな!」
「ンぁっ?」
がばっと幸壱は久人を抱き締めた。
熱を帯びた体をひたりとくっつける。
「ね、入れていい?可愛いすぎて、もうセーブきかない」
「……………!」
「ね、久人」
「…………っ」
こく、と頷いたのがわかった。
にこり、と笑った幸壱は体を離し、久人の両足を抱えた。
「いくよ」
ひくひくと期待にわななく穴に宛がうと久人は目をつむった。
最初のころはいたがっていた挿入も、二年も過ぎればすんなりといく。
それでも怖いのか恥ずかしいのか必ずきゅっと目をつむる久人に幸壱は癒されていた。
「んぐっあぁっ」
ぐぐっと入り込んでくる雄。その熱さにぐずぐずに溶けた脳髄が歓喜する。
「はっ、せ、まっ…」
「あァッん、っ、ひぁっ」
ぐっ、ぐっ、ぬぼっ、と抜き差ししながら入り込む異物をたしかに喜ぶ身体。
見え隠れする大蛇の鱗が、ぎらり、と光った。
「はい、った…」
「はっ……はぁっ」
ひくひくと呼吸する久人の唇に食らいついた。
割り開いて舌先を噛むとびくんっと震えて中が締まる。
ショコラの味がする舌先を思う存分堪能して解放すると久人は普段のしかめ面はどこへやら、もの寂しそうな表情だった。
しかしそれも間髪いれずに始まった抜き差しに崩れていく。
「んぁあっ………ひ、ぁっ」
「ん、んっ」
滴り落ちる汗が久人の首筋に落ちる。
その刺激さえ、身体に熱を籠らせた。
「ひ、あっ」
いつも優しい幸壱が、一番雄らしくなる瞬間。長めの前髪をかきあげる仕草が男らしく、久人はどろり、と込み上げる熱を発散するように幸壱から目をそらした。
「逸らさないで」
「っ」
「好きだよ…久人」
好きだよ、というその言葉が久人を縛り付ける。囁かれる度に、心の奥底まで犯されそうだった。
「ん、んっ」
「好き…」
ずくっと疼く内壁。
きゅっと締め付ける内壁に幸壱は呻いた。
「き、つっ」
「ぁあぁあッ」
ずちっ、ずくっずちゅっ
「ね、気持ちいい?」
「んっ」
こくこくと頷いた久人の手を背中に回させる。
渾身の力で抱き締められたら骨の危険だが、それでも抱き締めたかった。
「ふ、ぅえ」
「久人…」
「ゆ、き、ゆきっ…」
喘ぎながら、必死に名前を呼ぶ彼を抱き締めて、愛していると、この腕から伝わればいい、とそう思った。
□□□□
情事の余韻も過ぎ去った頃、幸壱は久人を抱き締めていた。
「ねえ久人」
「……………」
「なんで手に触らせてくれないんだ?」
「……」
久人はふいっと目をそらした。
手を握らせてくれない久人への小さな疑問は鬼門だったらしい。
「久人?」
「…………………お前のショコラが好きだ………」
「?うん」
「この手は……………駄目だ」
小さく呟いた久人に、幸壱は微笑んで見せた。
「その手が何をしていたって俺には愛しさしかないよ」
「………………」
「ね、久人…おれに、久人をくれるんでしょ?」
「………………」
艶やかな黒髪が上下する。
右手をとっても、抵抗はなかった。
筋張っている甲、すらりとした指。
するり、と撫でると、ぴくり、と反応した。
「俺が、汚れると思った?」
「っ」
引き金をためらいなく引く指を、ショコラティエが愛撫する。
「大丈夫…久人の手は凄く綺麗だから」
「……ゆき…」
ちゅっと口づける。
指先の硬い爪が震えた。
「飛びきりのショコラをつくってあげるから、この指ですくって食べさせて」
「…!」
「きっと、もっと美味しくなるから」
「ゆ、き…」
「ね、約束」
手から唇を離し、甘えるように抱き込むと、数秒後に小さく黒髪が上下して、あまりのかわいさに幸壱はぎゅうっと抱き締めた。
ショコラの愛撫
(その指が血塗れだと言うのなら)
(それごと愛するから、どうか泣かないで愛しい人)
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