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短編
白銀の彼に口づけられて



一周年記念








んむ、と唇が重なる。本日、六回目のキス。俺は目を閉じて、それを受け入れる。アレッシオのキスは甘く、腰が砕けてしまいそうなほど蕩かされる。整った顔が近づき、唇を啄ばみ、徐々に開かせて侵入を果たす。すると口腔を犯し、舌を絡めてお互いに味わうようにまさぐる。アレッシオの香りが近くにあってくらくらして段々思考回路が途絶えていくのだ。くたっとした体がアレッシオにもたれかかればより抱き込まれて、ひとしきり愉しんだらしく離れていったアレッシオを、俺は浅ましくも濡れた目で見上げてしまう。
もっと、といわんばかりに手を伸ばせば、また唇が降りてくる。
アレッシオに口づけられると、俺は俺でなくなりそうだ。それはいやな感じではないのが、一番の困りごとだと思う。





「はぁ…」

アレッシオは出勤していった。マフィアも一応、九時五時なのだ。
俺はついていけないのでいつも屋敷に残されている。ソファの上に寝そべり、唇をなぞった。

「――今日も、良かったな」

あの日、告白して最高の男を手に入れてから。俺はベタベタに甘やかされていた。それこそ真人と張るんじゃないかってほど甘やかされている。
朝はアレッシオの腕の中で優しく起こされ、キスして朝食をとる。アレッシオの着替えを手伝い、またキスをする。どうやらアレッシオはキスが好きらしい。

渋るアレッシオをさっさと送り出して、ソファに倒れこむのが日課になっている。

アレッシオはさすがイタリア人というか、ともかくスキンシップが激しかった。腰を抱くのは当たり前、エスコートも完璧にしようとするし、ソファに座るときは当然抱き寄せ胸にもたれさせる。
生粋の日本人の俺には、戸惑うことも多かった。
つか、むしろ意味わかんねえ。なんでそんなにベタベタすんだろ…。

「でも、カッコイイしな…」

そう、カッコいいのだ。アレッシオは。何をしたってキザどころか似合っているのだから性質が悪い。

「――うーん…」

「何を悩んでおられるので?」

「ぎゃあっ!!!」

ため息をついたとき、不意に声をかけられて俺は悲鳴をあげた。
――いささか色気が無かったのは突っ込まないでくれ。

「る、ルーファスさん」

「ええ」

顔面蒼白、ガリガリの体を真っ黒な服に包んでちょこんとソファに座っていた。
―――っていうかどっから入ってきたんだよ!!いつもわかんねえ!!

ずず〜っとお茶を飲みながらルーファスさんは頷いた。


「いや、その…」

「アレッシオと喧嘩でもなさいましたかな?」

「いや、喧嘩は…」

「でしょうな。アレッシオが気持ち悪いほど機嫌がいいのでね」


分かってんなら聞くなよ…。
俺は思わず脱力した。アレッシオに対してこれほど対等にものを言うのはルーファスさんくらいだ。長い付き合いらしいのだが、謎の多い男である。

「となれば幸せすぎて困る、といったところでしょうかな」

「は!!?」

「日本とイタリアでは勝手も違いますしね。日本は恋愛ごとに関して淡白だと聞いておりますがどうでしょう」

「まぁここほどベタベタはしないっていうか…」

「なるほど。アレッシオは中でもべたべたと甘やかすタイプですからな。戸惑いも多いってとこですかな」

ルーファスさんはカップを置くとケーキを取り上げた。
っていうかケーキ!?に、似合わない…。何時の間に用意したんだよ…。
丁寧にフォークで切り分けて口に運ぶ。もごもごと食べながら彼は思案げな顔をした。

「しかし、それは拒絶するのは得策ではなかろう」

「へ?」

「アレッシオなりの愛情表現なのでね。――なによりあの男の機嫌を損ねられると困る」

うわー後半めちゃくちゃ本音だよ。
ルーファスさんは黒髪をかきあげた。

「それで?具体的にはどんな行為に抵抗を感じているのですかな?」

「い、いやいや!なんでルーファスさんにそんなこと」

「我輩は医者なのでね。卿の健康を保つのが仕事。精神とは肉体に及ぼす影響の大きい部分でして、卿の健やかなる精神を保てなければアレッシオとの関係にも響くというもので…」

「ああああああ分かりました分かりましたから!ロボットみたいに無感動無表情で言わないでください!めちゃくちゃ棒読みですよ!?」

「まぁおおかた、キスが多いとかでしょう」


な、なんで分かったんだ!!?
そんな俺の驚きが分かったのかルーファスさんはまた紅茶を啜りながら言った。

「アレッシオは父君の先代ボス、コッラードによく似ていますからな」


先代ボス?父親?
アレッシオの父親の話は初めて聞く。おれはおもわずルーファスさんに身を寄せた。

「アレッシオの父親、ですか?」

「テンプルファミリー八代目にして礎を作り直した伝説のマフィオーソですぞ。コッラード・アルティエリ。アレッシオはコッラードに顔も性格も似ている」

「ルーファスさんって父親の時代からいたんですか?ここに」

「アレッシオがまだ小さいときに来ました。もう母親は亡くなった後でしたがね」

「へ〜。やっぱ医者として?」

「愛人として」

「ぶふっ!」

おれは思わず噴出した。
あ、あ、愛人――――!!?


「だ、だれの!?」

「当然コッラードです」

なんでもないことのようにルーファスさんは続けたが俺の心臓は今確実に飛び出した。
愛人!?アレッシオの父親の!?

「最初は医者として出会いましたが。そのうち愛人とさせられまして。まぁいいかとそのままファミリーへ。死神なんて呼ばれだしたのはその後ですな」

「こ、コッラードさんって、今…」

「今は引退して別邸に移っております。我輩はそこからここへ、通ってきているだけで」

ってことは今でも…愛人ですか…?

そんな視線を感じたのかルーファスさんは頷いた。

「コッラードも悪趣味ですな。ところでアレッシオにキスされるのが多いならたまには卿からするとよろしい。欲求もおさまりましょう」

「ほんとですか」

「コッラードはそうでしたな」

経験談だというので、俺はそれを信じることにした。
それにしても驚きの事実だった。まさかこのルーファスさんが先代の愛人だったとは…。

「時には愛情を返さねば、軋轢は生まれるものですぞ」

ルーファスさんの説得力のある言葉に、俺は頷くことしか出来なかった。







「ただいま」

「おかえりアレッシオ」


アレッシオは今日も遅くに戻ってきた。
ルーファスさんは帰ってしまっていて、俺はひとり、アレッシオを出迎えた。

「今日もいい子にしていたか?桧」

長い腕を巻きつかせて抱き寄せてくる。
俺は覚悟を決めた。キスの回数を減らしてもらいたいのもあるが、愛情は返さなければ、という言葉が響いていた。
がしっとアレッシオの顔を掴む。

「桧―――?」


ちゅっ


「お、俺も、好きだから。アレッシオのこと」

ばくばくうるさい心臓を押さえつけて目をあげると、アレッシオは呆然としていた。
あ、あれ?すべった?

「桧…」

「な、なに」

「桧!!」

がばっと抱きつかれてぎゅうぎゅうに抱きしめられる。
く、苦しい…!!
そしておりてくるキスは優しくて、そして深いものだった。


――結局キスされたけど、こんなに喜ぶならやってよかったな、なんて


ほんと、俺らしくない。





白銀の彼に口づけられて

(俺もキスを返す)
(とろけそうなほどの愛情を、感じれるから)


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あきゅろす。
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