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短編
白銀の彼に戸惑って




俺の人生は、ひどくつまらなかったと思う。たまたま目にしたチラシでクラブ「シークレット」に就職して、たまたまアレッシオに会って、たまたま気に入られて、たまたま、攫われたただの日本人だと思っている。
倉沢桧という男は日本でまだ存在しているだろうか。俺にはわからない。
杉野真人という変な友達は組長とでき、幸せだという。ヒトを好きになるということがこんなに難しいことを俺は知らなかった。

なぁアレッシオ。

俺が素直になったら、俺は幸せになれるのか?










「桧」

「何だ?」

アレッシオは帰宅すると俺の部屋に来て俺に思う存分付きまとう。長い腕で俺を囲い、抱きしめる。
その仕草はまるでじゃれつく獅子のようでほだされないとはいえない。


むしろほだされまくっているが、それを言ったことはない。

「今日は会食なんだ。だから長くはいれない」


「そりゃあよかった。神様っているんだな」

「全く……口が減らないな」


減るわけがない。唯一の防御線なのだから。

「今日の会食は楽しみにしているものだ。何せ相手は忠孝だからな」

「え?」

「国を越えた友が我がイタリアに来る。もちろん、彼の恋人も一緒に」


アレッシオは愉しそうに笑った。
まるで悪戯が成功した子供のような笑みだった。
ときめきを知らなかったはずの俺の心臓はあわてふためき、ところかまわずドキドキと鳴る。

美形なアレッシオが笑うと映画のワンシーンのようにキマッて見えた。
組長も大概な美形だったし真人も綺麗だったけど、それよりなんか、輝いて見えてしまう。ダメだ、俺の目、腐った?

「その後屋敷に連れて来るから、楽しみにしているといい」

アレッシオはにっこり笑って巻きついていた腕の力を強めた。ちゅっと頬にキスを落す。
砂を吐きそうなほど甘い光景。俺の相手をするためよく訪れるルーファスさんなど、付き合ってられないとばかりにアレッシオが来たら即行で出て行ってしまう。
イタリアの帝王が、でれている姿など見るに耐えない…らしい。

「アレッシオ、お前そろそろ時間だろ」

「ああ。残念だな。桧をもうちょっと堪能したかったんだが」

アレッシオは抱擁を解いた。いつもならこのままセックスに雪崩れ込むのだが会食があるためアレッシオが部屋を出て行く。

そういえば、アレッシオを見送ることはあまりなかった。いつも起きたらいないし部屋に来たらもう、帰っていくことはなかったから。

つきん、と胸の奥が痛んだ。白銀の彼がドアを閉めて、そして帰ってこなかったらと想像してしまった。
ありえないありえないありえない!!こんなのってない。
だって、これじゃまるで…。

でも身体は心を裏切って、勝手に声を紡いだ。

「行ってらっしゃい…」

ぴたり、とアレッシオの足が止まった。
一瞬の間のあと振り返ったアレッシオは、酷く嬉しそうな顔をしていた。
ああ、もう、馬鹿野郎。イタリアの帝王のくせに、マフィアのドンのくせに、どうして、俺の一挙一動に嬉しそうな顔をする。おれの一言にどうしてそこまで左右されるんだ。
どんどん、俺は、逃げられなくなっていく。

「行ってくる、桧」

そう微笑みアレッシオが出て行った部屋で俺が泣いたことを、アレッシオは一生知らないだろう。





「Ciao, è tadataka(やぁ、忠孝)」

「Sia allegro?Alessio(元気だったか?アレッシオ)」

「Chiaramente. È Makoto?  Io sono Alessio(勿論だ。君が真人だね?私はアレッシオだ)」

「I cannot speak Italian. I'm sorry.(私はイタリア語は話せません。すみません)」

アレッシオは眉を跳ね上げ、困ったように笑った。

「It is sorry. Because it is the one that tadataka and hinoki speak Italian, it has inadvertently spoken to you.(すまない。忠孝も桧もイタリア語を話すものだからつい君にも話してしまった)」

「Parla in inglesi oggi?(今日は英語で話すか?)」

「Non mi piace moltissimo inglesi. Fa alcuna lingua per essere capace parlare altrove abbia makoto?(私はあまり英語が好きではないんだ。真人は他に何か話せる言語はあるか?)」

「真人、英語以外に話せるか?」

「ドイツ語なら話せます」

アレッシオの車に案内されながら真人は答えた。真人はドイツに三年間住んでいた。そのときに英語もドイツ語も覚えたのだ。

「ドイツ語か。俺も話せるな」

「組長さんって何者なんです?」

「フッ…makoto scheint fähig zu sein, Deutsch zu sprechen(真人はドイツ語なら話せる)」

「Ich verstand es.(分かった)」

ドイツ語で交わされる会話。真人を伴ったということは今回仕事の話は殆どないということだった。大方観光、そして桧に会うためだろう。
アレッシオはちらりと真人を見た。儚げな美貌、それでいて強く光る瞳。忠孝の好みにストライクしている。
そして屋敷にいる桧のことを思った。彼はいつになったら、アレッシオを受け入れてくれるのだろう。

やがて会食の席に着き、美味しい料理に舌鼓を打ちながら久々に会う親友と親交を暖めた。
あまり長居するつもりは双方になかった。いわゆる、今の時間は前菜だ。メインディッシュは屋敷で待っている。

アレッシオも京楽も、お互いの恋人が笑う姿を見たい。彼らがじゃれる間自分達は仕事の話でもしていればいい。

特にアレッシオは、殆ど見ない桧の笑顔を心待ちにしていた。

そんなアレッシオの様子を眺めながら、京楽はゆっくりと赤ワインを飲み下した。




「桧!」

「真人!」

「会いたかったぜ!!」

真人は俺にダイブした。屋敷で大人しくしていた俺は突然の真人の行為にもよろけずに受け止めた。

「元気だったか?」

「真人、あまり騒ぐなよ」

「組長さん、それは出来ない相談です」

真人はかっこつけて笑って見せると俺の腕を引っ張った。

「おい、真人」

「組長さんたち仕事の話あるから俺たちはこっち」

部屋の隅っこに移動して俺たちは座った。日本じゃないから床に座れないのが残念だ。
真人はにやっとした。

「桧、恋してる」

「え?」

「ずっと人形みたいだった顔に彩が出てきた。アレッシオさんでしょ」

「バカ言うな」

「馬鹿じゃない。桧だって分かってるだろ」

真人の言葉が突き刺さる。
そう言うな、アレッシオの愛人になんかなってみろ。
後が見えている。あんなにイイ男なんだから。

「だから、愛人じゃないってば」

「は?」

「アレッシオさんの、恋人!分かるか?俺だって組長さんの愛人でもなんでもいいけどさ、桧がこだわるなら恋人になればいい」

「無理だろ」

「無理じゃない。アレッシオさんは桧が欲しくて一億ぽんと出したし。俺なんか二千万だぜ!?贅沢言うなよ、それに毎日まっすぐ帰ってくるんだろ?もう他に愛人いないんじゃない?」

俺は目を見開いた。
俺だけ?なびきも笑いもしない俺だけしか、アレッシオは選ばなかった?

「怖がってたら何も手に入らないぜ」

組長と顔を突き合わせているアレッシオ。最上の男。

なぁアレッシオ。

俺がもしその手を拒み続けたら、いつかは諦める?

そのときは、もう、遅い…。

「素直になれって」

真人の言葉が染み渡った。
一世一代の決断。俺の人生を決めてしまう決断。
怖くてたまらない。それでも、今日アレッシオが出て行ったときに思った。

これがもし最後だったら。

そんなの、後悔しすぎて

死んでも死に切れない。

憎いしむかつくしでもときめいて一挙一動全部見てしまって

心は張り裂けそうだし胸はいっつも痛いし

本気の恋って、ああそう、苦しいもの。

でもそれを上回る幸福を与えてくれるというのなら

その手を選んでも、

―――俺は後悔しない。


そしてその夜俺は、人生で最初で最後の告白を、白銀の彼に捧げ

最高の男を手に入れたのだった。



(愛してる。失ってからじゃ遅いから)
(アレッシオ、素直になったんだから)
(俺を幸せにしてみせねぇと許さない)


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あきゅろす。
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