短編
極道さんに差し入れを
俺は困っていた。何で困っているかって、組長さんから来たメールに書かれた内容を遂行するのが難しいからだ。
その任務…いやお願いは『弁当作れ』。これ命令じゃね?
とりあえず『無理です』と送ってみたが、結局作ることになるのだろう。
そりゃ料理が出来ないわけではない。今は午前11時。今からつくり組長さんの仕事場まで持っていくのは簡単だ。
その今日の仕事場が、傘下の組事務所のひとつでなければ。
―――極道さんに差し入れを―――
あれから組長さんから返ってきたメールには『やれ』のみが書かれていた。これで拒否したなら今夜のお勤めが激しいかつ苦しいかつ厳しいかつド鬼畜になること間違いない。
それだけは避けたい、避けたいのだ!!
だから俺は今、弁当箱片手に唸っている。玉子焼きに鮭、煮物。詰めるものは出来た。
おかずは詰めた。ここで俺の悪戯心がむくむくと沸き起こったのだ。
ごはんに悪戯したい。何か書いておきたい。
右手にはのりがスタンバイ。箸の先は梅干がスタンバイ。
さて、何かやって怒られたらそのときでやっていいか?
組長さんは面子をひどく気にしている。それこそお使いを大人買いするくらい。
「真人さん、出来ましたか」
「あー。金子さん、今日組長さん怒ったらすみません」
「え?」
綺麗に結んだ弁当片手に俺は曖昧に微笑んだ。そのまま回ってきたベンツに乗り込む。
超庶民だった俺にベンツは凄まじいリッチ感がある。気持ち良い。
でもベンツでくつろげるほど俺は慣れていない。かなりのチキンなのだ、俺は。ベンツのシートに何か零したらどうしようとか本気で心配する。
だから俺はせっかくのベンツなのにくつろげなかった。これで組長さんがいたらまだ違うのだが。
「怒ったらって何したんです?」
「いや…ちょっと悪戯を」
「あまり組長からかわないでくださいよ…怒ったら怖いんですから」
「分かってますって」
ハンドルを握った舎弟のひとりに苦笑されて俺も苦笑した。
組長さんは怒ったら怖い。俺はまだ怒られたことないが、舎弟たちに怒っているのを何度か見た。怒りの度合いはいつも違うが、とにかく怖い。目線だけで殺される。
咽喉が渇き、目がまばたきすら出来なくなる。
それくらい怖い。
「今日は山見組の事務所にいらっしゃいます」
「怖いことしてませんよね」
俺はチキンハートなのだ。暴力とかマジで無理!!怖い!!
「真人さんを呼ぶくらいですから大丈夫ですよ」
まあそれには同意する。組長さんは俺にヤクザらしい血生臭いことを見せるのを嫌うのだ。暴力沙汰だって見せられたことはないし、一度俺がいるところで恫喝行為をした舎弟を怒鳴っていた。
見せられてはいないが後で殴られたのだろう。その舎弟は頬を腫らしていた。
それに何か言えばまた組長さんは舎弟に何かをする。俺は傾国の美女のつもりはないから何も言わなかった。
とりあえず組長さんは俺がヤクザに染まるのを嫌がった。大学は辞めさせられたしバイトも辞めさせられたが暴力は奮われたことはない。
もし俺が盃を交わしたいなんか言ったらもう一軒家建てて俺を住まわせ自分は通うくらいやりかねない。
そしてヤクザを遠ざける。
「ですよね…。あ、つきました?」
ベンツが停まったのはいかにもヤクザな事務所の前だった。ここに弁当のデリバリーなんて本当似合わない。ラーメンの出前とかのほうがよっぽど似合う。
そう思いながら階段を上がり、事務所のドアを叩く。どうせこのあとはチンピラなでかい男が扉を開けて「兄ちゃんなんか用かい、ないならさっさとどっかへ失せな」ってヤニ臭い声で恫喝するに違いない。
果たして、俺の妄想は大当りした。
「兄ちゃんなんか用かい、ないなら……」
「当たった…!…じゃなくって組長さんいますか」
「あぁ?」
あ、しまった。これじゃあ俺完璧に怪しいじゃないか。チンピラの目つきが悪くなった。
そうだ、用事を言わなくては。
「えっと弁当のデリバリーです。京楽忠孝組長いますか?」
「何だ?テメェ、なにもんだ」
「あ、すみません。自己紹介がまだでしたね。俺は杉野真人です。一応、京楽組長に囲われてたりしてますけど……あれ?伝わってません?」
チンピラが怪訝そうにしている。あれ?組長さん伝えてないの?そりゃそうか。いちいち新しい情人なんか言い触らさないか。
それも平凡な男だしなぁ。でも今の俺の肩書なんてそれくらいだ。面接をパスしちゃったんだから仕方ない。
「とりあえず京楽組長いたらこれ渡してくれます?」
「んだよ、これは」
「お弁当ですよ。部外者立入禁止みたいなんで預けますからきちんと届けて下さいよ」
念を押してチンピラに弁当を預けた。チンピラは意外にも丁寧にそれを受け取る。
「斎藤、この子を通したほうが身のためだぜ」
俺の後ろに人がいた。……いつの間に?
チンピラは急いで身を正す。
「お疲れ様です!」
「あーいい、いい。んで?てめぇが忠孝の子猫か?そんなタマじゃねえな」
覗き込む顔は…お、イケメン。だけど俺はゲイじゃないからときめかない。
思うのはきっとこいつもヤクザの大物なんだなってこと。ヤクザじゃないかもしんないけど。
見たところヤクザ。
「ははっ、俺ァヤクザじゃねえよ。ヤクザに見えっか?」
「バリバリですけど」
バリバリだ。
ヤクザよりヤクザっぽい。
「俺は瀬野尾要一。弁護士だ。刑事民事なんでもござれ、相談ならタダ、依頼ならふんだくるぜ。ただし負けねえけどな。幼なじみだから京獄組の弁護士やってる」
弁護士ィイ!?こんなヤクザまがいが?あ、でも組長さんの幼なじみなら納得。
「ところでテメエ、忠孝に怒鳴り付けたってマジか?」
「…マジです」
「ぶっ……天下の京楽忠孝に怒鳴るって、テメェやっぱ子猫なんてかわいいもんじゃねえな。グリズリーだ」
「グリズリー!?」
なんと失礼な。よりによって熊!?
なにが可笑しかったのか瀬野尾弁護士は笑い続けた。
「あいつグリズリーが好みだったのか」
いささか俺はむっとしたけれどそのまま無視することにした。さっさと用事を済ませてしまいたい。
ドアを押し開け、煙草の臭いのする事務所を歩いていく。どうせ一番奥にいるのだろうからそこらへんでガンをつけてくるチンピラには目もくれない。
チンピラなんかより組長さんのほうが怖いんだ。と、そこまで来て俺は気づいた。
そうだ、弁当をチンピラに渡して俺は帰るつもりだった!!
うわ、恥ずかしい!よし帰ろう、そのまま帰ろう!!
「真人!」
「え?」
この声は、組長さん?
振り返ると、確かに組長さんだった。ちょっと焦ったような顔だ。
「要一に何もされてないだろうな?」
「オイオイ、俺を獣みたいにいうなよ」
「獣に失礼だ」
組長さんはそっけなく言うと俺を引き寄せた。ふわりと組長さんのつけている香水が香り、俺はドキドキしてしまう。
「あ、あの組長さん…」
「まさかお前が届けに来るとはな…。少し待ってろ、もうすぐ終わるから一緒に帰るぞ」
「え?」
「おーおー、今回は本命かぁ?」
「うるさい」
結局俺はソファに座らせられ、目の前で組長さんが弁当をあけた。
覗き込んだ弁護士が目を丸くする。
「…おいグリズリー、お前、器用?」
「あはははは…」
白米の上にのりと梅干で梅の絵図を描いてしまった。
まあ最初はラブくらい入れてやろうかと思ったのだが怒らせたくなかったのでコレだ。
組長さんも喜んでいるようだし見慣れればチンピラもかわいく…は見えないがまあ差し入れも悪くはないなと思った今日この頃だった。
終
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