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憂鬱というより、いつまでも慣れない気だるさだった。満員の電車に揺られ、人の波にもみくちゃにされるのは。
――正直、自分の大切な楽器が、こんなことで傷つかないか不安だと言うのもあった。幼少の頃から離れた町にある教室に通い、ヴァイオリンを習う。それまでの道をわざわざ家まで取りに行くのも面倒なので、学校指定の鞄の他に、ヴァイオリンも担いで登校している。
指定鞄以外のものは持ち込み禁止であるので、いつも教員の眼を気にしていた。

(――…あれ、なんか…)

扉近くで外の景色を見ながら、ぼんやり思った。
ぐいぐいと、何かが尻に押し付けられている。
少し振り向いて分かったのだが、それは後ろの男が持っていた大きな荷物だった。

「あ、の……?」

恐る恐る声を掛けるが、気付いてはいないようだった。
気付いてないなら仕方ないか、と視線を窓に直す。流れていく景色もいつもと変わらないが、やはり後ろからの圧迫が気になった。

(…なんか、痛いかも)

これは言った方がいいのだろうか、我慢するべきなのだろうか。
しかし満員の電車の中だ、我が侭は言ってられない。

(まだ駅まで大分あるけど…仕方ないなぁ)

溜め息をもらしながら、自分の大事な楽器に傷がつかないよう、持ち手を変えた。
…それから3分と経たないうちに、男に異変が起こった。

「…っ、ひ…!?」

さわわわ。
これは明らかに、尻を撫でられている。
突然のことで肩が跳ねたが、普段から目立つことが好きじゃない僕は思わずぐっと口を結ぶ。

(どうしよう…!)

真っ先に考えたのは、「もしや女の子と間違えてるのかも」ということだった。
制服はちゃんと男ものだが、町でもよく間違えられる。この前は、親戚に姉と間違えられた。だから無理もないことだろうが、痴漢に申し訳ないと突拍子もないことを考えた。

「…っ、あの…」

また少し振り返り、男を見上げて言う。

「僕、女の子じゃない…です」

すると、男はにこやかに笑い外を指さした。疑問に思い首を傾げると、いいから外を見ていて、と言われる。

(なんだろう…?)

正直、今まで無かった経験に恐怖を感じていた。
はやく駅に着けばいいのにと頭で繰り返しながら。
しかし目的地までは速くてもあと30分はかかるだろう。それまでは止まる駅もない。
などともやもや考えていると、今度は男の手が僕の前に伸び、ベルトを外す素振りを始めた。

「え…、やっ、何して…!」

楽器を持っていない片手で、ベルトに伸びた男の手を剥がそうとする。しかし、強い力にそれは敵わず、あっさりと抜き取られてしまった。

「な、にするんですか…!?さっき、女の子じゃないって…!」
「君が可愛いからいけないんだ。男だろうが女だろうが、関係無いよ」
「そんな…っ」

ここへ来て初めて、身の危険を察知。助けを求めようにも、こんな状態で他人に声を掛けるなんて恥ずかしい。


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あきゅろす。
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