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この山には、古くから伝わる言い伝えがある。森林の中の祠には、狐の神様が棲んでいるらしい。
村に天変地異が訪れたとき、その神様が怒っているというのだ。
俺は馬鹿馬鹿しいと思いつつも、最近の村の日照りは異常だ。もしかしたら、その神様の仕業かもしれないな。

「やはり、生贄か」
「…いけにえー?」

若い村長(むらおさ)が溢したのを聞いて、俺は同じ言葉を返した。
その時の俺ときたら、近所の娘と喧嘩別れして不機嫌の頂点だった。木の床を転がりながら、ぼんやりと呟く。

「生贄かぁー…もしかしたら神様って美人なネーチャンかもしれないし、行ってみるのもいいかもなぁー。ははははは」
「小鉄、容易にそんなこと言うもんじゃないぞ。しかし、このままでは日照りが続き村の作物は取れない。どうしたものか」
「だからぁ、俺が様子見てくるって。取って食われるかは分かんないじゃん。大体そんな神様居るかも分かんないしー」

ひらひらと手を振り言う。村長は苦い顔をしたが、俺は訂正する気もない。
床からすっくと立ち上がり、肩を解しながら戸外に向かう。

「小鉄!」
「ちょっと行って来るわ、村長。明日までに帰んなかったら死んだと思って」
「待て、おい!」

村長は若くして目が見えないらしく、俺を止めることが出来ないのも承知済。
俺は少し前から身寄りがなく、村長の家に住んでいる。村の娘が減ってしまうより俺みたいなのがいなくなったのがいいだろう。
俺はまだ日が真上にある内に出発し、山を登り始めた。

(…あっちいな、さっさと雨でも何でも降りゃいいのに)

投げやりなことを考えながら、森の奥に入る。
確か祠は、凄く奥にあった筈だ。昔母親に聞いた。その母親も、昨年病気で亡くなってしまったのだが。
と、突然空が暗くなる。

「なんだ?…雨か?」

もしやと思ったが、雨の降る様子は無かった。
ふと周りを見回すと、知らない場所に来ていた。

(…道、間違えた…!?)

いや、そんな筈はない。
この辺は何度も来ている。
それに、そんな少し道を違えたくらいで、知らない場所に出るわけはない。
急に恐ろしくなって振り返ると、そこには凛とした雰囲気の中心に祠がある。さっきまでは無かったものだ。

「…祠…!?」
「おい、――貴様」

誰か、人の声がする。
振り返って見るのも恐ろしいが、見ずに逃走するのはダサい。
一思いに、声のする方をばっ、と見た。

「人間か。このような場所に何の用だ」
「…獣耳…?」

そこには、獣の耳と尻尾を持った人型のもの(?)が立っていた。


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