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我ながら、しくじったな、と思った時には遅い。
今は、揺れている。恐らく走行中の車のトランクの中だろう。
さっき意識が途切れる前、こういうことがあった。

僕は乙桐要という、探偵事務所を開いている人間。
助手に屈強な男・和田木智が居たりするわけだが、今日は閑古鳥が鳴くような客足だったこともあり、奥で寝ていた。

「――…相談?」

もう夜に差し掛かろうとした時分だった。
細い女が事務所の扉を叩いた。気乗りもしなかったが、和田木が寝ているなら仕方ないか、と付いて行ってしまった。
隣の空き家に潜んでいたらしい男三人組に後ろから押さえ付けられ、声を出す間もなく何か嗅がされた。トランクの中にぐるぐる巻きで転がっている今に思うと、あれは睡眠薬か何かだろう。
耳を澄ませても女の声はしない。きっと少しの時間、コイツらに雇われた女だったのかもしれない。
 
(…僕、殺されるのかな。まったく、楽な仕事じゃないとは思っていたが)
 
などと、悠長に思っていたり。
寝ていた時間のことを考えると、少しは遠くへ来てしまったらしい。
ああ、携帯も何もかも持たずに外へ出てしまったことを今さら悔やんでも仕方無い。たとえ僕がいないと和田木が気付いても、場所までは分からないに違いない。

(…!止まった…)
 
信号待ちかとも思ったが、車のドアの音が閉まるした。完全に、此処で止まる気らしい。
僕が眠らされてからすぐにトランクに詰めたのだろう、ポケットに入れてあった小さめのナイフを、後ろ手に自慢の手先で取り出した。
何とか、手首の縄は切れた。と、そこでトランクが開く。

「…っ、」
 
相手の顔も見ずに、弾けるように外へ飛び出した。

「あ、こら!乙桐待ちやがれ!」

声は野太い。同じような体格の男が三人確認出来た。先刻事務所の前で遭遇した男達だ。
以前までに見覚えが無いわけじゃなかったが、誰だったかなんて思い出せない。僕は1年程前から難事件の解決を幾らかこなしている。今日はそうでもなかったが、今では事件に引っ張りダコな状態だ。毎日何人もの人間の顔を記憶出来るほど、推理以外に脳の許容量を使いたくなかった。
 
周りを見回す。此の界隈の地図は頭に叩き込み、幾度も散策した。知らない場所ではない。
事務所から車で1時間、というところか。確か此処は足元がぬかるみ易い。沼だらけだ。

「乙桐ィ!」

ああ、きたきた。僕はひらりと交わすと、男は向こうの沼に突っ込んでいった。

「…あれ、二人……」

てっきり全員がいると思ったのに、二人しかいない。思考が回るより速く、視界が反転する。
ガ、と足をかけられて、地面に突っ伏した。正直、痛い。

「っかは…ッ!」
「鬼ごっこはもう終わりか?」

いや、別に遊んでたわけじゃないんだけどね。
なんて言う前に、ぐい、と前髪を掴みあげられる。

「い、痛…ッ!何すんだよ!」
「あァ?これぐらいして当然だろ?俺らはお前の所為で投獄されたんだからな」

…ああ、思いだした。
こいつら、強盗事件を繰り返してた奴らだな。
僕が調査してアジトを割り当てたもんだから、全員仲良く捕まった筈だった。
確か、この中のひとりは人を殺している。
見たところ大きな武器は持っていないようだが、いつ殺されるかわかったものじゃない。
不運なことに、僕は力技は得意じゃない。こうなってしまえば、僕に出来ることは皆無だ。


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