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日吉若の場合
[――今日家に帰ったら靴箱の中を見てみてね。お母さんが大好きな物が入ってるかもしれないよ。お母さんカオリが大人になって結婚するまでこれからも優しいお母さんでいて下さい。三年二組シノダカオリ]
「…よく出来たな、靴箱に何が入っているんだろうな お母さん楽しみですね」
その子の母親の方を見て笑うと母親は嬉しそうに頷いた
「次に読んでくれる人」
‘はいはーい’
俺は大学卒業後
教師の道に進んだ
今は小学三年生のクラスの担任を受け持っていて
今日は授業参観で母親についての作文の発表をしている
「…じゃあ 宍戸」
[いびき 三年二組宍戸ノゾミ]
宍戸ノゾミ
この子の母親は中学の同級生だったみょうじだ
中学時代から宍戸さんと仲良くつき合っていたみょうじはそのまま結婚をした
みょうじと久しぶりに会ったのはこないだの保護者会の時だったか
二人で会話をする事はなかったが子供も大きくなり仲良くやっているのだろう
[ウチのお母さんはいびきが大きいです。]
‘あはは’
「やばー」
「どんだけ大きいのー?」
クラスメート達は爆笑
子供はこういうネタがほんと好きだよな
…そういえば みょうじはテニス部のマネージャーの仕事でくたくたになるといびきをかきながら寝ていた
[――でも私はそんなお母さんのいびきは嫌いじゃありません。お父さんの仕事がなくなってからお母さんは病院の仕事の他にコンビニでも働いているので…]
宍戸さんの仕事がなくなった…?
なんだよ それ
きいてないぞ…
そういえば去年の夏頃に会社の経営が傾いてきてるという噂は聞いたが
[――お父さんはいつも家でお酒を飲んでいて私をぶったりけったりしました。――お母さんが仕事で帰りが夜中になると、どこに言ってたんだと言ってお母さんにもぶったりけったりします。大きい声で泣くとまたお父さんが怒るので…]
‘嘘でしょ’
‘それって酷くない?’
後ろにいる母親達はざわつきながら口々に言った
その中でみょうじはずっと無表情で娘の作文を聞いている
…信じら、れない
だって 宍戸さんとみょうじは本当に仲がよくて
喧嘩してもどっちかというと宍戸さんがすぐに折れるくらいベタぼれで暴力なんて一切振らなかった
結婚したら更にみょうじを大事にしていて娘が生まれたから尚更可愛がって
本当に目に入れても痛くない程だった
[――なのでお父さんが病気になって寝たきりになった時私はホッとしました。でもお母さんは大変です。――毎日お母さんは一生けん命お薬を飲ませようとしました。――私はお母さんまで病気になってしまうんじゃないかととても心配でした。]
みょうじ なんでそんなに大変だったのに
何にも相談してくれなかったんだよ
宍戸さんの部活の後輩で娘の担任の俺になんで…
…そういえば
みょうじは宍戸さんと喧嘩すると鳳によく相談していた
結婚後も交流があった鳳は昔から
みょうじには他の奴よりも優しくて
みょうじの事を好きなんじゃないかって噂も流れていた気がする…
[――でももう心配ではありません。去年の年末にお父さんが死んだのでお母さんはコンビニの仕事に行かなくてよくなってゆっくり眠れるようになりました。また大きないびきをかいてます。]
ちょっと待てよ
宍戸さんが死んだ…?
そんなの俺は誰からも聞いてないぞ
[――私はとても嬉しいです。それに広いお家に引っ越しをします。部屋が四つもあるのでずっと欲しかった自分の部屋がもらえる事になりました。]
‘いーなー’
引っ越し?
宍戸さんが死んだのにどこにそんな金があるんだ…?
死亡保険?
それより みょうじだって宍戸さんの事を愛していたのに そう簡単に割り切れるのか?
[それでも部屋があまるねと言ったらお母さんがまだないしょだけど新しいお父さんが来るのよと言いました。今度のお父さんは優しいといいね。三年二組宍戸ノゾミ]
新しいお父さ、ん?
なぁ もしかして鳳…じゃないよな?
本当に鳳はみょうじの事を好きだったっていう可能性が否定しきれない
鳳が苦しんでるみょうじの心の隙間に入り込んだとしたら?
俺は恐る恐る
みょうじの方を見た
みょうじは無表情のまま何も言わず教室を出て行った
作文を読み終わった宍戸は席に座りクラスメイトと新しい家について話している
みょうじ、お前…
宍戸さんを…殺してなんかない、よな?
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