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もう言わなくても、ね


「私は、認めない……!」
言い捨ててギーマは部屋を出て行ってしまった。気まずい空気に静まり返る室内。沈黙を破ったのは案の定、百獣の王のたてがみのような髪型をした男、アデクであった。
「ちょっくら、様子を見てくるぞ」
ギーマに続き部屋を出る。部屋に残されたシキミ、カトレア、レンブはそれぞれ軽くため息をついた。
そもそも事の発端は、アデクがチャンピオンを辞退しまだ幼いが強さは本物のアイリスにその地位を譲ると彼が言ったことだった。弟子であるレンブはもともとこの話は本人から聞いていたし、シキミとカトレアもアデクが言うのなら、と納得をした。しかし、ギーマだけは先のように拒否をしたのだ。流れに身を任せるような普段の彼ならばそんなことは言わない。そのギーマが、はっきりと言ったのだ。
「ギーマ、どうしたのかしら……」
カトレアのつぶやきは宙に溶けた。

一方、部屋を出たギーマはリーグから与えられている自室へ戻り、出かける支度をしていた。カジノへ向かうためだった。抱えた苛々を少しでも晴らすために。支度を終え、扉を開くと、そこには今にもノックする直前のようなポーズをしているアデクがいた。
「アデク……さん……」
「おう、ギーマ。ちょっと良いか?」
「ええ、まあ……」
ギーマは下がってアデクを部屋へ招き入れた。ソファに案内し座らせ、コーヒーを用意した。自身も座ると、アデクが話し出すのを待った。
「ワシはな、若くて才能のあるあの子にこれからを託したいんじゃ」
「……あなたが辞めると言うのなら、私も四天王を辞めます。私はあなたに救われた。あなたのいないリーグなど、守っていても意味がない」
アデクを見ないよう視線をずらしてギーマが言い捨てる。
「そんな悲しいことを言わんでくれ。確かに、リーグへ勧誘したのはワシだったが、ワシが辞退したとてリーグを守ることが無意味なんてことはないだろう?」
もともとは御曹司だった身のギーマだったが、家が落ちぶれ一家はバラバラ、幼い頃からポケモンとその身一つで旅をし、時には賭け事をして飢えをしのいでいた。そんな生活が続き、やがてギャンブラーとしての才を発揮し、その世界では彼の名を知らぬ者などいないほどでまで上り詰めた。ギーマ自身、このままギャンブラーとして一生を終えるつもりであった。しかしそんな彼の前に現れ、いとも簡単に違う道を照らしたのがチャンピオン、アデクだった。
「ギーマ、お前はワシの息子同然だ。お前だけではないぞ、もちろん、シキミ、カトレア、レンブも娘や息子同然じゃ」
「私だって、あなたを父のように慕っている」
「それなら分かるだろう? 親子は離れていても繋がっていることが」
彼は、ギーマは、正直親子の繋がりというものが分からなかった。バラバラになった後から今までで両親に再会したことは一度もない。当然助けてくれたこともない。彼にとって家族とは、離れたが最後、二度と会うことのない存在であった。
「なァに、チャンピオンを辞めたからと言って、ワシは消えたりはせんよ。リーグが休みの日にはアイリスも入れて6人でどこかへ出かけようじゃないか!」
まるで太陽のような笑みだ、とギーマは思った。
「それから、もうすぐポケモンワールドトーナメントとかいう施設ができるらしくてな、ワシはそこのチャンピオン部門に呼ばれているからギーマ、お前も挑戦しに来ると良い」
小さな子どもを撫でるようにアデクはギーマの頭をくしゃくしゃと撫でた。普段は髪型を崩されると機嫌を損ねる彼が、今は少し乱れても気にしなかった。
「大丈夫だ。お前にはもう、ポケモンとワシ以外に頼れる存在がいるだろう?」
頭に浮かぶのはリーグの、四天王たち。先ほど感じていた苛々は清々しいほど消え失せていた。
「アイリスはポケモンを心から愛している子だ。仲良くしてやってはくれぬか?」
ふう、と軽く息をつく。
「ははは……やはりあなたにはかなわないな」
やれやれと肩をすくめ両手を軽く上げながら言った。
「それでは……!」
「ええ、仕方がないですね。認めましょう。あなたを、家族の絆というものを、信じてみますよ」
するとアデクは出されていたコーヒーを一気に飲み干し勢いよく立ち上がった。
「よし、ギーマ! バトルをしよう!」
「……は……!?」
いきなり言い出したアデクをギーマは呆然と見上げる。
「何をしておる! お前とバトルをするのはいつ以来だろうなあ」
先にバトルフィールドで待っておるぞ、と付け加え部屋を出たアデクを呆気にとられながら見送った後、我に返ったギーマは、同じようにコーヒーを飲み干すと立ち上がった。

もう言わなくても、ね

title by ひよこ屋




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