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少しだけ悲しい昔の話・後


 "退魔の剣"が自らの意思を介入させるのはあくまで必要に迫られた時だけ。
 所詮は何処まで辿り着いても"道具"であり、"道具"にしかなれず、"道具"以外の何物にもなるつもりのない"退魔の剣"が、自ら生み出したものとはいえ代用人格に直接働きかけることはなかった。
 意思を介入させるまでもなく、代用人格は人として生きながらも"退魔の剣"と同じく"モノノ怪を斬る"という目的の為に動く。つまりは、唯見守っているだけで事足りるのだ。
 そうして緩慢と流れていく時の中で、幾度と生まれ直しながらも人として歩み続ける代用人格の輪廻を眺めてきた。
 確実に一人の、大元となった男とは別個の、新しい性格を露にし始めた人格は、しがない行商の薬売りを装い始めた。
 勿論装うとはいっても、見てくれだけではない。それに見合う知識を、技術を得た。
 呪の媒体である、顔面を彩った紅の隈取りと、着物に施された蛾を模した紋様。奇抜な出で立ちに不審がられようと受け流す為の処世術と社交性、巧みな話術。人とは異なる価値観を持つ"退魔の剣"から言わせても、人格は喰えない人間へと成長していた。
 それは最早魂そのものに刻まれた有り様──"理"の一種なのか。幾度と生まれ直そうとその性格に変わりはなく。記憶を白紙に戻すことで滞りなく人格は"モノノ怪を斬る、奇妙な薬売り"という"形"で生を繰り返した。
 不変なものは見飽きてしまう。
 長らく人の世に在り続けたことで、多少なりと人間染みた感覚を持ち始めていた"退魔の剣"にとっても、この喰えない薬売りの男と人々の交じり合いは実に興味深いものであった。
 一つとして同じものはない人の感情、心の形に対して、理解することはとうに放棄していたが、興味は湧き起こる。
 そしてそれは、元々人間であった"彼"の興味をも引いてしまうこととなった。

 "退魔の剣"は正直驚きを禁じ得なかった。
 心を無くし、唯"斬る"為の器と化していた男の精神が、今更になって他へ興味を持つなど。ましてや、肉体を持たぬ"退魔の剣"に封じられた精神に過ぎなかった存在が、自らの意思で現実世界に干渉し出すなどと誰が予想できたか。
 切欠が何であったかは、解らない。
 代用人格に個が芽生えたことか、それに男が興味を示したことか、二人の逢瀬を"退魔の剣"が止めなかったことか。その、何れも要因の内ならば、結局のところ最大の切欠を作り出したのは新しい人格を生み出した"退魔の剣"自身だったのかもしれない。
 そうして、いつの間にか──まるでそれが最初から定められていたことであったかのように、男と薬売りは惹かれ合った。
 それを知った時、"退魔の剣"は今度こそ、滑稽だと感じた。"同類相憐れむ"とは正にこのことかと、蔑んだ。
 それでも止めるという選択肢をとらず、唯傍観を貫いていたのは、使命を果たせれば人の恋愛感情になど興味関心は湧かなかったことが一つと。"退魔の剣"が止めた程度で諦めるような生半可な感情で、二人の関係が成り立てる筈がないと確信していたが故。
 誰が何と言おうと、二人を長く見続けてきたのは"退魔の剣"だ。

『だからこそ、滑稽であろう。一時の気の迷いならいざ知らず、別れがあると知って何故に求め合うのか…』

 人の生は短く、儚い。
 幾度と記憶を白紙に戻して生まれ直す薬売りと、築き上げた記憶もそのままに、永劫の時を生きる男。
 その恋が成立するのは、今生だけなのだと解らぬ筈がないだろう。なのに何故そのような愚を犯したのか。
 誠の感情であることを確信していたが故に"退魔の剣"は理解できなかった。先に待つのが絶望と知りながら、何故自ら暗闇の道を歩こうとする。人間ほど、闇を恐れる矮小な生き物はいないというのに──

『お前には、解りませぬか…"退魔の剣"よ。人は、理屈では動けぬ。愚かと知りながらも、止められぬは…私が"あれ"を、心から、お慕い申している為、なのですよ…』

 馬鹿馬鹿しい、と"退魔の剣"は吐き捨てた。
 その心とて後幾年月も流れれば肉体と共に消失する胡蝶の夢に過ぎないというのに。
 残される者の苦しみをあの男に味あわせるのが望みなのかと、疑問を口に出したことはなかった。"退魔の剣"にそんな慈悲を与えてやる義理はない。
 身を以て知れば良いのだ。どれほど愚かしい道に踏み込んだか。
 そうして傷付くのは男の精神だけで、白紙に戻った薬売りの心が壊れることはない。
 男と薬売り、そのどちらにしても完全に失うことは許されないが、精神を気遣うべきは脆い人の心を有し続けねばならない薬売りの側。その心が何れ零に戻る輪廻の中にあるならば、無理に介入する必要はない。

 結局、"退魔の剣"が予想した通り男は薬売りの"生まれ直し"を散々拒んだ。
 "退魔の剣"への当て付けのようにすっかり雪のような真白に染まった髪を振り乱し、薬売りとは相反する血を透かしたような蘇芳の瞳に深い悲哀の情を宿して。
 精神体故に、男は自らの描く姿を形取ることが出来る。本人は意識してのことではないと宣うが、"退魔の剣"は解っていた。それは既に人とは一線を引く異端へと変貌した己を無意識に卑下した結果だと。
 その姿、その叫び、全てが脆弱で身勝手な人の心を表しているようで、"退魔の剣"は更なる失望を禁じ得なかった。
 それでも男は唯吠えることしかできない弱い犬、気に留めることもなく幾度目かの破壊と再生は行われた。これで懲りるだろうと、慟哭には耳を貸さない。
 "退魔の剣"に人間らしい感情を認めるならば、これ以上失望させるなという、願いがあったのかもしれない。今となってはこれも、推し量る術はないが。
 ともあれこれでまた、以前と同じ輪廻が始まるのだと、柄にもなく安堵していた。の、だが──

『記憶は、消えるでしょう…。されど、以前の"私"もまた、同じ"私"ならば…幾度生まれ直しても、また私は、惹かれるのでしょう。私の魂が知っている。私は、"あれ"を、何より愛しく、想っているのだと…』

『幾度生まれ直しても、"あれ"は俺を好いてくれる。だから俺は、幾度"あれ"の記憶が白紙に戻っても"あれ"を諦めることはない。…絶対に、だ』

『お前なりの考えあって、私達を傍観なさって…いるのでしょうが、無理矢理別離させるも、お前には動作もないこと。それを為さない…それだけでも感謝、しております、よ』

『だけどな、"退魔の剣"よ。俺はやはり、アヤカシに近しくなろうともお前の言う通り、弱い人間なのだ。人は独りでは生きていけぬ、だから寄り添うのだ…と、"あれ"はそう言った。元は俺が招いた、これは自業自得だと解っている。それでも──』

『それでも、私は…やはり残される"あれ"を思うと、心苦しい。我儘は承知の上、あえて願いたい。私の記憶を…奪わないでくれ、と…。幾年後、私が嘗ての"あれ"と同じ轍を踏むようならば、その時は、お前の好きなように…傀儡と為さるが、良いでしょう。だから…』

『いつも、いつも…残される俺を想いながら、心残りのあるまま生まれ直していく"あれ"を見るのは、心苦しい。頼む、"あれ"の記憶を奪うなとは言わない。ならばせめて俺の記憶も、"あれ"と同じように消してくれ。不毛でも…俺は"あれ"と寄り添っていたい。だからどうか…』

『私から、"あれ"を奪わないで、下さい』
『俺から、"あれ"を奪わないでくれ』

 何と愚かしいことか。
 諦めるどころか情念に心の髄まで縛られるなどと。
 そのような感情は、"道具"に過ぎない"退魔の剣"には理解できなかった、理解したいとも思わない。
 身喰いする番のような、そんな刹那的な関係性など不幸なだけではないか。無機物の身からそう思えど、当事者らはまるでそれが何よりも幸福なことであるかのように、二人寄り添う時は柔らかな表情であることが多い。
 互いに互いを、愚かしい程に想い合う。何故そのような感情を他者に向けることが出来るのか。
 今までに類を見ない難解な心の有り様。それは紛れもない彼らの"理"の"形"。

『──何処までも、身勝手で愚かな、弱い人間共め…』

 しかしそれが"人たること"だというのならば、人を求める"退魔の剣"は受け入れねばならぬのだろう。
 甚だ不本意ではあるものの、"退魔の剣"は聞き入れることにした。男の願いではなく、薬売りの願いを。
 壊れたとしても代用の効くように、との保険の為。或いは、男の轍を踏まぬと多少の自信を持って言ったのだろう薬売りの覚悟を見届ける為に。或いは、精神体に過ぎぬ男にこれ以上の負担を強いぬ為に。
 その程度には、二人に対し愛着を持っていたのか──ともあれ、"退魔の剣"は手間をかけて手に入れた"使い手"を失わぬ為に、妥協したのだ。
 それから、薬売りが生まれ直しの際に記憶を消去する仕組みは消えた。本来磨耗した"魂魄"を修復する為の生まれ直しであったが、記憶を守ることによって"魂"には一切の影響は出ない。"魄"──肉体の活力を若返らせるだけのものとなった。
 記憶は蓄積され、しかし許容量を越えれば古いものや彼自身にとっての些末な出来事の記憶は消えていき、それを繰り返す。
 それでも肉体の年齢に精神も少なからず引き摺られるのか、記憶を持ったまま生まれ直しを行っても薬売りの精神が磨耗することはなかった。
 "退魔の剣"としてはこの上なく腹立たしい結果となってしまったことは否めない。勿論、これがこの先も続くなどという確証はどこにもなかった。
 だが、"退魔の剣"が思っていた以上に、二人の絆と薬売りの覚悟は強かった──それもまた認めざるを得ない事実である。
 幾度生まれ直そうとも、彼らは常に共に在る。互いが互いを求める限り、モノノ怪が人の世に在る限り。
 儚くも、美しく。悲しくも、愛しく。
 決して"退魔の剣"の望んだ現状ではないにしろ、剣はそこに、確かな"もののあはれ"を見たという──





少しだけ悲しい昔の話
(悲しくて、腹立たしくて、それでもやはり、どこか愛しい(かなしい)…今へ繋ぐ物語)









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最後がかなり訳解らないですが大体こんな感じというニュアンス(という電波)を受け取っていただければ…←

退魔さんがツンデレに見える今日この頃。とりあえず昔から剣薬は、人じゃない退魔さんも認めるほどのバカップルだったというお話です。

薬売りさんは万能じゃないし最強でもないですからたまに辛いなと感じることはありますが、剣さんと違って一人じゃないから耐えられるんです。愛って素晴らしい。





あきゅろす。
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