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少しだけ悲しい昔の話・前


 始まりが何時であったかなど、命有限なるもの程時の概念に重きを置かない、無機物たる存在には最早思い出すこともできない。
 唯、そう、気付いた時には人が歩くことを覚え、火を使うことを、言葉を使うことを知っていたように──それは人の世に生まれていた。
 元より世に在るものであったアヤカシが、世に幾度と生まれ落ちる人の深き情念と結び付き、同じように世へ生じた存在。人の世に相容れぬ憐れな命。
 何故に相容れぬか──それは人に害を為すが故。本来其処に在るべきではない存在故。
 されど理由など、所詮は後付けに過ぎないのだろう。唯全ては異端を生み出す切欠を作り、またその異端を恐れた、人間から始まったことだけは、確かな事実だった。
 実際理由など大した問題ではない。
 曖昧な存在に至る理由ではなく、確固たる存在する意義を持っていたが故に、"それ"は果てのない時の中を朽ちることなく流れていった。

 ──先に述べたように、"それ"が生まれる至る経緯は、最早唯一の遺された証品である"それ"自体にも解らない。
 時の概念を軽んじているだけではなく、恐らくは生まれた当初"それ"には今ほど明確な意思はなかった。
 記憶にない過去は語れない。
 所詮"それ"は命ではなく、畏れに身を震わせた人間によって造り出された"道具"に過ぎなければ、尚更のこと。
 "道具"が意思を持つ必要などない。それは何より"道具"自身が思うこと。それでも今や"道具"は生物のように自らの意思を持っていた。何を隠そうそれが、必要であったから。

 最初からその種は植えられていたのかもしれない、或いは時と共に芽生えたものであったのやも。必要に迫られたが故か、必要となることを予期したが故か──はたして、何が先であったのかは、やはり覚えてはいない。
 ともかく"それ"は意思を持った。
 しかしどんなに意思を持とうと所詮"道具"は"道具"。力はあっても、腕や足のない"道具"にはそれを扱うに相応しい"使い手"が居なければ、何の意味もない。
 そして人は、自らの手で生み出した異端を畏れるが為に幾度と"それ"を求めた。求める声に呼応するように、"それ"は"使い手"を選んだ。
 だが、どうしても"それ"は──"退魔の剣"は見つけることが出来なかった。自らを扱うに足る資質を持つ者を。
 アヤカシと人の情念の結び付き──因果と縁によって生み出されるもの。即ちモノノ怪を"斬る"為に生まれた"道具"。
 しかしそれを抜く為には条件がある。
 "形"・"真"・"理"──その三つを示すことにより"退魔の剣"は初めて、モノノ怪を成すアヤカシと人の縁を断ち切る力を発揮するのだ。
 "真"とは事の有り様。"理"とは心の有り様。それは即ち、モノノ怪を成すに至った、人の深き情念を知るということ。
 なればこそ、それを"退魔の剣"に示す"使い手"もまた人でなければならない。人の情念を知るならば、同じ人──或いは人の感情を理解できるものでなければ意味がないのは道理。
 故に人ではない"退魔の剣"には示されたものの正誤を見極める力こそあれど、情念を理解することはできない。
 "退魔の剣"に宿った意思はあくまで"退魔の剣"という無機物を基準にしている。理屈ならば"道具"にも理解はできるだろう、しかし理屈だけでは感情を理解することはできない。時に理屈を覆す人の、複雑怪奇な情念を理解するには至れないのだ。
 だからこそ"退魔の剣"には"使い手"が必要なのである。
 けれど無機物な"道具"たる"退魔の剣"には理解しきれぬ理由からか、相応しい"使い手"は永く見つかることはなかった。

 人は、恐怖する。己と異なるものを。
 それが自らにとって異形であればあるほどに。そして抑えの効かぬ感情は増長するほどに人間を醜く変貌させた。
 優しいと言われた者を薄情者に。勇敢と言われた者を臆病者に。誰もがモノノ怪という異形の前に、冷静な判断を失う。
 "退魔の剣"はそんな人間の有り様に、所謂"失望"に似たものを抱くようになった。自分達が招き寄せた憐れな災厄を、自分達でどうにかする力も勇気もない脆弱さに"呆れ"を隠せなかった。
 それでも自らとモノノ怪が其処に在る以上、"退魔の剣"には斬るという役割がある。どんな方法を使ってでも、"使い手"を得る必要があった。

 そんな中で出逢った存在は、またとない逸材だったと言える。
 今となってはもう、その名前も、その男が"退魔の剣"を握る経緯も思い出すことはできなかった。
 しかし、日に焼けた褐色の肌と長い黒髪、空よりも深く海より淡い不可思議な青の瞳を持つ男だったことは、よく覚えている。
 奇跡的にも"退魔の剣"は"使い手"を得ることが出来た。
 モノノ怪を前にして恐怖することはあれど決して逃げることはなく、その情念を理解し、アヤカシと結び付いてしまった因果と縁を"あはれ"と知ることの出来る人間を。
 この奇跡がまた訪れる可能性を、"退魔の剣"が期待する道理はなかった。
 使い方次第で寿命が変動する"道具"から見ても短い生を生きる人間に過ぎぬ男を、みすみす"死"なせることなど、貴重な"使い手"を手放すことなど出来よう筈がなく──
 だからこそ"退魔の剣"は男に呪をかけた。
 生物に定められた絶対の終焉である"死"を奪い去る呪を。そうすることで男を永遠に自らの"使い手"としたのだ。
 当然男の意思など関係ない。"退魔の剣"は自らの使命を果たす為に、最も効率的な方法を選んだだけだ。いつ出逢えるとも知れぬ"使い手"を待ち、また必要な知識を与えるのはあまりにも効率が悪い。
 死を奪う呪は当然施す際に一切無害という訳ではなかった。
 身体の老化を奪い、魂の磨耗を防ぎ、生へ縛り付ける──凡そ生物の楔から解き放たれた、アヤカシに近しいものへの変貌。それに伴う激痛はどれほどのものか。
 通常なら発狂していたとしても不思議ではない。そのまま精神を病み、廃人と化すか、完全に死を奪われる前に自ら生を放棄するか。
 だが、"退魔の剣"の予想した通り、男は強靭な精神力でそれを耐えきった。ぬばたまを思わす黒髪は苛む苦痛によるショックにか色素が抜けて薄い灰色に染まりこそすれ、以前と変わらず凛と前を見据える海と空の境界のような双眸。
 そんな彼だからこそ、最初は"退魔の剣"を罵り、憤り、憎む姿勢すら見せていた。

『モノノ怪を屠るべく造り出された存在が、何故モノノ怪を創るような真似をした!?』

 死を奪われた生物。それははたして生物と呼べようか、人間と呼べようか。アヤカシに近い肉体、されど残された人の心。結び付いてしまったそれは、まさしくモノノ怪ではないか、と。
 しかし、いくら"退魔の剣"を罵ったところで死を奪われた以上、終焉を迎える為には"退魔の剣"の使命を果たすべく世のモノノ怪を全て滅する必要がある。男に、選択肢はなかった。
 そして終焉を望むのならば、如何に男がモノノ怪に近いものであろうと行き着く結果は同じだと、"退魔の剣"は当然のように答えてみせたのだ。
 しかし、人の情念によってモノノ怪が生まれる。はたしてそれらを全て滅することができるのだろうか。縦しんばできたとして、一体どれほどの時間を有するか。
 一寸先は絶望という闇。それでも男は頼りない希望に縋らざるを得なかった。
 その姿を、"退魔の剣"は憐れとも滑稽とも思わなかった。
 脆弱な心を持つ故に、時には同族をも排斥する人間の醜さが、モノノ怪を生み出す切欠を与えたのならば、それを断ち切るのも人間の為すべきこと。全ては当然の事なのだと割り切っていれば、別段思うところもない。
 "退魔の剣"という"道具"もまた、その当然の為に造り出されたのだから。

 半永久的な"使い手"を得、後は唯繰り返すだけ。
 各地を巡り、モノノ怪を探し、見つけ出せば、その情念を探り、示し、斬る。要はそれだけのことなのだ。
 勿論害を為すものと対峙するのだから少なからずの危険は伴う。だが既に死を奪われた"使い手"は恐れることなく役割を果たし続けた。
 それは、"使い手"を求めて無為に過ごした"退魔の剣"の経験した時に比べれば、あまりにも短い時間だったことだろう。しかし、元とはいえ人たる身が生きるには不相応な程に膨大な時の流れ。
 そして常人より優れていただけに過ぎぬ男の精神は、長すぎる時の前に脆くも屈した。
 男の心は、人としての感情は、時の流れに埋もれようとしていた。緩やかに、されど確実に。それは、人たることを、根本から放棄すること。アヤカシに属すということ。
 最悪の場合は彼自身が語ったように、モノノ怪として人の世に相容れぬ憐れな異端と化すか。
 どちらにせよ、人の心を失うことは"退魔の剣"にとっては最も忌避すべきことには違いなく。呪を施してまで生き長らえさせた"使い手"を失うということに他ならない。
 またしても、原因は人の弱さだ。
 その時"退魔の剣"は、幾度目かの失望を覚えた。感情を理解できねども、感情がない訳ではない。
 モノノ怪を生み出し、"退魔の剣"を生み出し、今また"退魔の剣"の行く手を阻む──その全ての要因たる人の脆弱さに、心底憤りを感じていた。
 それでも"道具"に過ぎない"退魔の剣"が人無くして使命を果たすことはできない。長き時の中に育んだ"使い手"の、日々移ろう人の世の知識を手放すのもまた惜しく。
 なれば、と"退魔の剣"は更なる呪を男の身に施すことにした。

 アヤカシに近く、されど人の世に生きる肉体。元々は人、されど人たることを放棄しアヤカシに近づこうとする精神。それらを分離し、精神を"退魔の剣"自身の中に有する夢幻の中へ封じ込め、肉体へ新たに創り出した人格を宿す。
 赤子のように真っ白な人格の中に、男から抜き取った知識を移し、世へと解き放った。それは人の世に生き、時と共に人として心を育み、人の情念を理解することの出来る人格。
 それは、主だっては精神に作用する呪。されど大掛かりな術を二度も受けた肉体も当然以前のままとはいかなかった。
 薄汚れた灰色の髪は更に色素を失って、淡い利休色へ。褐色の肌は完全に色が抜け落ちたかのように、真逆の雪白へと。海と空を混ぜた瞳はくすんだ青破璃のそれに変貌した。
 だが、見目がどうあれ"退魔の剣"の思惑は成功の形を見せた。
 モノノ怪を捜し、情念を探り、"形"・"真"・"理"を"退魔の剣"へ示す為の、人に近い人格。そして、それによって解き放たれる"退魔の剣"の力を用い、モノノ怪を斬る為の、"使い手"としての人格。二つを共存させることで失いかけた"使い手"の存在を保たせた。

 しかし、"退魔の剣"自身が創り出した人格と言えど時が立てばそれは人と変わりない、心の持ち主。
 そうなるよう目論んだのは他ならぬ"退魔の剣"だが、人の心の脆弱さを幾度と目の当たりにしてきたのだ、同じ愚を犯すつもりは毛頭ない。
 永すぎる時の流れに精神を病む──それは生命の活力、即ち"魂魄"の枯渇ではないか。
 そう判断した"退魔の剣"は一度は"死"を奪った肉体に一定期間の寿命を与え、人としての死期が訪れれば肉体を"退魔の剣"自身を以て破壊・修復を行う方法をとった。
 勿論幾度と呪を掛けられた肉体にかかる負担は相応のものであったが、所詮必要なのは精神。肉体は器に過ぎないなれば、代用はいくらでも可能だ。
 精神の代用も可能ではあるが、負担をかけすぎると大元の精神である"使い手"の男の均衡も危うくなる。
 脆弱な一つの精神を少しでも長く保たせる為に、一定期間を以て生を終わらせ、知識を残して精神の記憶を消去、また真白な状態で"生まれ直す"。それが"退魔の剣"が選んだ方法だった。
 知識が"モノノ怪を斬る"という概念を、人格にとって当然のことと刻むことによって、人格は幾度生まれ直そうともモノノ怪に対し恐怖することも、躊躇うこともなかった。心の大部分を失い"生ける剣"と化した男の精神もまた同様。
 随分な回り道をしたとはいえ、これで"退魔の剣"は漸く滞りなく使命を全うする道を歩むことができる、筈だった。
 されど人とは、"退魔の剣"が考える以上に複雑怪奇なもの。
 理屈では推し測れない、その心が更なる問題を生み出すとは、この時の"退魔の剣"には予測も出来なかった──









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一旦切ります。

ここまでがまだ薬売りさんと剣の人の感情を交えない、あくまで"退魔の剣"が組み立てた関係性。

退魔さんは天然鬼畜で自称苦労性。時代の移り変わりと共に弱冠やさぐれてます。まぁ解らないでもないですがね(笑)





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