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欲望と罅割れた神経の中枢


 さらさらと、梳る必要もなく絡めた指を滑り落ちていく月白の髪を、飽くことなく撫でる。
 薬売りの肌のような造形的な白とは明らかに違う。大地に降り積もった新雪のように清純で、天上に鎮座する月のように、決して自ら誇示せぬ控えめな美しさを持つ白華。
 褐色の肌にその白が、身に纏う金の衣と共に踊る様は、如何な美辞麗句を以て表現すべきかを薬売りは知らない。
 深い夜の闇にも似た強膜の中心で、気高く無音に燃ゆる蘇芳にこの身を映されることの高揚感もまた然り。
 それらも全て、一重にこの男を形為すものであるからこその感情。何故に、これ程までこの男を愛しいと感じるのか──その理由に疑問を抱いたことはなく、また考える必要性すら見出だせなかった。
 理屈で縛るなど無意味なこと。
 物事を狭い価値観の中へ無理矢理当て嵌めようとするのは人間の悪癖だ。あるがままの形を、感じるがままに受け止めてしまえば良いものを、論理的な思考に拘りすぎて、深淵に囚われてしまう。
 もっとも、それが人間の人間たる所以であるのだと言ってしまえば、それまでなのだが。
 かくいう薬売り自身も一概にそれを愚かだと否定はできない。唯、薬売りは説明のつかぬ複雑怪奇な感情の起伏──所謂心というものを、理屈などなく受け入れる術を知っている。
 この男との逢瀬を経て、芽生えた感情と同様。
 理屈で推し量れぬなら、量らねば良いだけのことだ。薬売りは"道具"ではなく、あくまでも人、或いはそれに近い生き物なのだから。

「──何を、考えている」
「お前の、ことを…ですよ」
「そう、か…」

 納得したのかしていないのか、曖昧な相槌を打ちながら男は薬売りの躯をその背から抱き抱える。
 微かに上体を前倒して肩口に凭れかかる男の髪が、それを弄んでいた薬売りの指先を擦り抜けて、首筋を擽った。
 情を交わした後の、襦袢だけを申し訳程度に纏った身は僅かに身動ぐだけで陶器人形のような白肌が外気に晒される。その上を踊るように滑る雪白が、唯々美しく、尊く、愛おしくて──。
 人はこれ程までに他者へ情を注ぐことが出来るのかと、奇妙な感慨を得る。だが、当然それは誰にでもという訳ではなく。
 紛れもなく、この男にだけだ。
 言葉では言い表すに足りず、また行動でも伝えきるには至れず持て余してしまう程の情念。薬売りがそれ程の想いに胸中を焦がすのは、単に相手がこの男であればこそ。
 愛しい、愛おしい。この想いに果てはなく、焦がれる程に欲しくなる。今し方この身にその熱を受け入れたばかりだというのに、それでも、それだからこそ──

「…足りません、」
「……」
「お前が、欲しくて…堪らないの、です…」
「…今宵は、貪欲なのだな」
「いいえ…いいえ、」

 頭を振って否定する。
 今宵が特別なのではない。常にこの心は求めているのだ。
 この男を愛しいと、幾度となく刻み付けた心は、この上無く貪欲に、男の全てを求めて止まない。使命と義務付けられている筈のモノノ怪のことすらも、些末事と感じられる程に。
 時を経て、共に在り、傍らに寄り添い、幾度と褥を共にし、まぐわいを繰り返す度、正常な思考を保てなくなる。
 物事の中心がこの男にすり替えられてしまったかのように、日々堕ちていく。この半身とも言うべき男の元へと。それは何と、甘美な、背徳であろうか──

「──ください」
「何を、だ」
「お前、を。…まだ…足りない…、もっと…」

 さながら童が駄々を捏ねるように。けれど確実に、童のそれよりも質の悪い懇願。
 背後の男と向き直り、布団へ押し倒して、浅黒い肌へ指を這わせて、唇で吐息を、熱を交わしあって、次第に深い蘇芳へと浮かび上がる劣情にうっそりと微笑む。

「──もっとお前を、私に…ください、」

 狂気を孕む望月の光に照らされながら、薬売りの視界に映るのは、苛烈な煌めきを宿した蘇芳の眼差し。蠱惑的に笑みを浮かべた、蒼穹の紅を引いた唇。
 嗚呼、これ以上魅入らせてくれるな、と。心中の恨み言など届くべくもなく。
 どくり、どくり──鼓膜を震わす心音が煩い程に響き渡る。
 愛しい、欲しい、その全て、せめて今だけでも──溢れる想いは解放されるまで燻り、身を焦がすばかり、で。

「──俺も、お前が、欲しい。委ねろ、今は全て…その身も、その心も、全て…」
「っ……、」

 その言葉一つで心が揺れる。
 その眼差しが、その腕が、その全てが、薬売りを狂わせる。既に罅割れていた理性を傷口から更に焼き尽くすように。そうすれば残るのは、唯互いを求める心だけ。
 この心に、理由を求めることがどれ程必要だというのか。理性を求めぬこの想いに、理屈が如何に無意味であるかを、焦がれる程に思い知る。
 もう言葉は要らない。首を一つ縦に振って、重なった唇で静かな始まりを告げて。
 後は唯、流れる大河の勢いに任せるが如く、共に堕ちていくだけだ──





欲望と罅割れた神経の中枢
(修繕不可能なくらい焼き尽くす焔を望む心だけは、未だ保ち続けたまま)









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昨夜半分寝ながら書いたので後半がかなり支離滅裂です。まぁ、それくらいごちゃごちゃしてるんですよ、奔放に見えて色々縛られてる薬売りさんの思考は←
依存度は目に見えて薬売りさんの方が高いですね。普段淡白に見せても、剣さんがいないと本気で死んでしまう兎さんですよ、我が家の彼は(爆)

つまり薬売りさんは剣さんが好きすぎて困ってしまうと、そんな話。





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