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斯くも美しき大量生産の日々


 ごろり、と床上でだらしなく寝返りを打つ度に、癖のある淡い利休色の髪がさらさらと散らばる。
 先程から同じ行動を繰り返している薬売りは、体勢を返る度に頬へ否応なく貼り付く髪を鬱陶しそうに払い除けながら、どこかいつもより覇気のない青破璃の双眸を、憎たらしい程の快晴空へと向けた。
 ちりん…、と宿主の趣向にて備え付けられた風鈴が風に煽られ涼やかな音色を立てるが、それすらも今の薬売りの耳には入っていないのかもしれない。常は風情があって良いと微笑んでいるだろうに。
 人前では涼しげな顔を貫いている薬売りだが、気温を感じない訳ではないのだ。暑い時は暑く、寒い時は寒い。唯、やはり人と似て非なる躯故にか些か感覚的に愚純な部分はあるらしく、常人に比べればまだましではあるらしいのだが。
 他者に気を使う必要性がない為か、不快を隠そうともしない薬売りの姿に、傍らへ腰を下ろしていた男は小さく嘆息する。
 薬売りは特に夏の茹だるような暑さが苦手で、晩夏から初秋にかけての残暑もまた然り。冬の寒さは存外平気らしく、その証拠というように深々と雪が積もる寒空の下を平時の装いで歩き回り、不満も時折思い出したように「寒い」と宣う程度。
 そんな彼だからこそ、たかだか気温の上昇ごときでここまで消沈するとは、失礼ながらも意外だと思わずにいられなかった。

「暑い…」
「言ったところで、こればかりはどうしようもないだろう」
「気分の問題、だ…」

 敬語が崩れているのは、それすら億劫になっているからだろう。
 "生まれ直し"たばかりの躯は記憶こそ残っているも、数十年の内に蓄積された経験という時を零にする為、引きづられるように精神も幼くなってしまうらしい。
 感情を抑制しきれず、直情的で、素が出やすいのが、"生まれ直し"た直後の薬売りによく表れる性質だ。だからこそ、あからさまなまでに不満を露にしているとも言える。不快感が抑制力に勝っているのだ。
 年月を重ねる毎にそうした性質は薄れていく。否、覆い隠されていくのか。ともかく一過性に過ぎないそれを、男は呆れるでもなく悠然と眺めていた。
 何事にも動じず凛と佇む姿こそ見慣れているものの、見てくれに惚れている訳ではない。その魂そのものに惹かれているが故に、彼の様々な一面を垣間見ることは、正直面白いと感じる。
 言えば不貞腐れてしまうことを理解している為に、口に出すことはないが。

「商いは良いのか?」
「…こんな気温の中、歩き回っても、売れぬ時は売れぬさ」
「…逆も言えるだろう?」
「売れる時は…此方が動かずとも、売れる…」
「ああ言えばこう言う…」
「放っておけ」

 素っ気なく言い放ったかと思えば、ごろりと、男に背を向ける形で薬売りは再び寝返りを打った。
 動きたくないのならば素直にそう言えば良いだろうに、態々婉曲した言葉を使う辺りが彼らしい。
 堪えきれず唇に笑みを浮かべれば、見えてはいないだろうに微かに薬売りの肩が揺れた。気配で悟られたのだろうか。

「…何を、笑っている?」
「可愛らしい、と思っただけだ」
「…………」

 振り向いた双眸がぱたり、と瞬く。
 一瞬無防備となった形相に、失敗したかと先の言葉を心中で思い返した。先程の言動──彼が不貞腐れるには十分だったかも、しれない。
 青破璃は更に二度三度と瞬き、軈てゆっくりと逸らされていく。文句や抗議でも返るかと思えば、そんなことはない。
 向けられた背中が何も言うな、と無言で拒絶を示しているだけで、そのまま微動だに一つしなかった。これはつまり、不貞腐れている訳ではなく、

「…照れているのか?」
「、……煩い」

 相当な間を置き、絞り出すような声で返る悪態。覇気も無く紡がれたそれに迫力など皆無で笑みを誘うばかり。
 機嫌を損ねた訳ではない。その事実に安堵するや、男は薬売りの望むように余計な言葉は告げぬまま、座敷に伏せていた華奢な躯を抱き起こした。
 僅かに強張った肩、それを誤魔化すように身動ぐ躯を後ろから抱き抱えるようにして腕の中へと捕らえる。
 元より、薬売りが男を本気で拒絶することはないと知っている上での行為だ。案の定、無駄な抵抗だと悟れば薬売りは大仰な吐息を吐き出して、男へ撓垂れるように身を預けてくる。

「…暑い…と言っている、だろうに…」
「本気で嫌がれば無理強いはせぬ」
「……あんた、解ってて…言ってる、でしょう…」
「さて、な」

 じろりと、睨み上げてくる青破璃に小さく肩を竦めて誤魔化せば、陶器人形のような白く肌理細かな頬に指を這わせる。
 一夏の間、日に焼けるということを知らぬままであった真白の肌。相反するように浅黒い男の手が触れれば、この世のものとは思えぬ程に造形的なその白が一層増すようで。例えるならば磨き上げた白玉の翡翠。

「……くすぐったい、な…」
「そうか、すまない…」
「…嗚呼…違う、そうじゃない…です、よ」

 細められた双眸の中に嫌がるような様子もなく、しかし感想のような呟きを聞き入れ指を離そうとすれば、頭を振って止められてしまう。
 細く長い指先が男の手に絡み付き、その掌を頬へと押し当てた。
 完全に瞼の奥へと伏した双眸。紫紺の紅に彩られた唇から紡がれるのは、強請るような言葉。

「…離れないで、下さいよ。…こうすると、あんたの手は、とても…心地好い…」
「…、そうか…」

 小さく頷いて了承を示せば、満足そうに唇を笑みに歪める。その姿にはほんの数刻前のような不機嫌さは窺えない。
 甘えきった態で僅かながらも擦り寄ってくる様は猫のようで、愛らしいと思わずにはいられない。
 男は然程動物に興味や愛着を持つ性質ではないが、唯一、この猫ならば一生をかけて愛でることも苦にはならないと思う。
 吹き込む風が、じとりと温い夏の名残を伴って風鈴を揺らしている。その音を聞きながら、男は薬売りに倣うように双眸を伏せた。
 遠くからは最後の足掻きのように忙しなく声を張り上げて鳴く蝉の歌。男の腕は緩くではあるも薬売りを捕らえたまま離れず。しかしそれでも、薬売りがその後「暑い」と文句を言うことは、なかった──





斯くも美しき大量生産の日々
(非日常の中のありふれた日常、寄り添えば何れも鮮烈な至福の形)









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遅いですが残暑見舞い申し上げてみます←

何が書きたかったのか解らないし、やっぱりぐだぐだになりましたね。とりとめもない日常だから、まぁいいか…←

唯薬売りさんに「暑い」ってぼやいてほしかっただけです。そのくせ相変わらずいちゃついてるんですよこいつら。熱いのはお前らだ!ってツッコんであげましょう(笑)

翡翠って緑なイメージが強いですが実際は紫とか青とかがありまして、中国の方では白いのが価値があったらしいです。蛇足として豆知識。

最近薬売りさんが偽者と化してます。どうしよう…;;(今更)





あきゅろす。
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