焦れる貪欲の爪先
はぁ…、と吐息が一つ、零れては虚空に溶け消えていく。
それは所詮、瞬く間に空間を敷き詰める気体の一部と化す脆弱な風に過ぎぬも、緩慢と向上する熱を伝えるには十分な艶を帯びた。
白粉を塗った訳でもなく、病的というよりは造形的な白さを持つ肌が己の呼気に合わせてゆっくりと上下する。人形もかくやなその肢体が、紛れもない生物であることを示す極単純な動作。
その白に指を這わせた浅黒い肌。長い爪で傷を付けぬように、されど明確な意図を以て撫で上げれば、白はぴくりと規則正しい呼吸を乱し、紅い隈取りに縁取られた双眸を恨みがましげに細めてくる。
は、ぁ…──吐息が、また、一つ。
「戯れな触れ方は、意地が悪い…です、よ…?」
独特の韻を踏んだ声音が空気を震わせる。
軽く首を傾げて、困ったように、抗議するように、嘲るように、挑むように、男を見上げる青破璃の双眸。
絡み付くようなその眼差しを正面から受け止め、闇の奥に煌めく蘇芳の双眸は僅かに細まった。
触れるという、本来の意義を放棄した意図にのみ開く、今は真一文に結ばれた唇は一瞬だけ開きかけて、結局、言葉を得られぬまま閉じる。
音を、紡げぬ訳ではない。紡ぐべき言葉を、知らないだけなのだ。
それを理解した上での言葉であり、眼差しなのか。答えは、紫紺の紅に彩られ常より笑みの形を有する表情──その下に秘めた、確かに弧を描く唇が如実に示している。
意地が悪いのはどちらかと、吐息を吐き出したい衝動を堪えた。
その困惑が、彼を殊更悦ばせることを知っている。そういう男なのだと、諦念に思考を沈めた。
くすくすくす…──鈴が鳴るような、いっそ少女のように無邪気な笑い声が、けれど酷く扇情的な唇から断続的に零れる。
震える肩に合わせて、さらさらと、淡い利休色の髪が床の間を踊った。するりと指で梳けば、頬を掠める感触がくすぐったいのか、ふるりと身を捩って。それでも唇は悪戯な弧を描き続ける。
「…、ん、」
刹那、結んだ唇の端から、零れた声が鼓膜に甘く響いた。
肌蹴た着物の奥、晒された真白な首筋に一つ、唇を這わせる。
吸い上げれば、容易く咲く紅華はさぞその白に映えることだろう。それでも、折角の白を汚す凡そ人染みた感情は、不思議と湧かないもの、で。
施せるのは、唯猫がじゃれつくかのような温い愛撫でしかない。傷付けるのは本意ではなく、汚すこともまた望みではなく。それでも求めているのは、唯彼という存在だけなのは、覆しようのない事実。
片手が、過ぎるほどに解きほぐす蕾。開花を今かと待ちわびる様に、見てみぬふりをしながら、それでもと。しかし──
「そろ、そろ…、」
「……、」
「焦らす、のは…勘弁してもらえませんか、ねぇ…?」
そんなつもりは、なかったのだけれど。
見上げる青破璃は余裕の色の下に劣情を秘めている。生温い愛撫にもじわりじわりと孕んだ熱を表情にこそ出さないながらも。
こくり、と喉が鳴る。
施せないのではなく、施さなかったのは、自らの劣情を抑えたいが故。強かで、されど儚い存在であるからこそ、感情を押し付けたくはなかったのだと。言い訳めいた、言い訳。
「この、逢瀬よりも…儚いものなぞ、ありますまい?」
「…、…承知」
漸く紡げたその一言のみ。それでも淡く微笑んだ紫紺の唇に接吻を交わして。
不意に、伸ばされる指先に誘われるように、男は頬を擽る白を捕らえ、唇と同じ紫紺の花色を散らした爪をかり、と軽く食んだ。
敏感に──それすらも造作なのかも知れぬが──震え、瞼の奥に隠れてしまった青に、勿体無いと悔やみながら、それでも──
焦れたのは此方、青を纏いし薬売り。
その爪先に誘われたのは此方、金を纏いし男。
されど──はて、欲に溺れたのはどちらに御座いましょうか──
焦れる貪欲の爪先
(無粋な詮索は無用でしょう)
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仮にもこれが初書きとは…。
微裏とも言いにくいですが、まぁ怪しい雰囲気なので一応←
青破璃ってつまり青ガラスなんですが、実際そんな透明感のある色ではないんですよね薬売りさんのは…薄藍か群青ってところ。でも洒落た響きのを使いたかった。
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