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 呼吸することが難しくなってきて苦しい中、徐々に幕が下りてくる視界の端でジャイボの赤い唇が三日月形に歪んでいた。

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 耳を劈く電子音が僕の意識を引き出そうと躍起になっていることに苛立って、上下左右に探らせた手で音の根源をベッドへ叩きつけるように止めた。
 全身が妙にだるくて、胸の奥が嗚咽を零しながら泣いてた後のように暗く重い。布を渾身の力で握って生まれた皺の感触が、何時までも掌に残っていそうで気分が悪かった。
 僕は朝が兎に角苦手だった。明日や明後日なんてその先もずっと訪れなければいいのに、と思うし、カーテンの隙間から差し込んでくる日の光が無ければ凍えて死んでしまうのだろうけれど、皆には優しい太陽が僕には暴力的に思えて、何処までも僕は嫌われ者かと思い知らされるからだ。
 パイル地のタオルケットを蹴り上げて、高々と上がった脚をもう一度ベッドへ沈めた。スプリングに弾かれた腺病質な脚が、宙を浮いて落ちてゆくまでに大きな溜息が零れる。
 忌々しい一日が始まるけれどそんな糞みたいな一日に何処が期待している自分もいて少しでも待ち遠しいものがあると少しだけ前向きになれるんだなあ、と親友の整った顔を思い出して気恥ずかしさを誤魔化そうと寝返りを打った。

「……起きなきゃ」

 十分そこらの間、ぼうっと脂(やに)染みの無い白い天井を眺めて流石築五年のアパートは小奇麗だな、とからから笑っていた彼をまた思い出してやっと身体を起こした。そろそろ朝食の準備に取り掛からないと彼が来てしまう。でも早めに作っても駄目だ。やはり温めなおしたものよりも出来立ての料理を口にして欲しい。一人で突く食事だったらここまで気を遣わないけれど、大切な人と囲む食事には腕を揮って、心を満たしてもらいたいのだ。
 寝惚けた身体を叱咤しながら台所に立つと、夕べ寝る前に決めておいた献立を頭に展開して備え付けの小さな冷蔵庫から取り敢えず卵を二個取り出した。





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あきゅろす。
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