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09

できすぎたしあわせ


 部屋を明るく照らす白い人工光が網膜を焼く感触を覚えて私は抱えていた大事な彼女のカルテを床に落とした。日頃蓄積している疲労がそうさせているのだろうかと最近の勤務実態を思い出し、目の痛みに加えて眩暈も覚える。
 数多くの優秀な医療関係者が集められた施設ではあったが実際私のように施設の中枢で使われる人間は少ない。そうなってくるとやはり少人数の繊細な勤務内容は生易しいものではなく、不規則に与えられる休日の暇を使っても疲労を完全に消し去ることなどとうにできなくなって慢性的な睡魔に犯される日々ばかりが私に与えられる。
 緩慢な動作で屈み込み、カルテに手を伸ばした。然し私よりも先に手を伸ばした人がいたようで、白い手がそれを摘み視界から消える。あ、と小さく漏れた声は相当間抜けだったろう、頭上から降り注いだ控えめの笑い声に私の身体は瞬時に熱を持った。上体を起こし目の前に佇む人物に軽い挨拶と感謝の言葉を告げ、彼の美しい手からカルテを受け取る。
 私には彼が輝いているように見える。

「ありがとうございます、先生」
「どういたしまして…ところで君」

 密かに憧憬しているのも知らず、先生はいつでも私に微笑みかけて労いの言葉をかけてくださる。艶やかな黒い髪の毛も、白磁のような肌も、中性的な容姿も、少年のような声も、全て私があと少し無理をするためのエネルギーになってありもしない力を駆り立てたくなる、それは全て彼の為。

「顔色がよくないみたいだね」
「そうですか」

 私は僅かに首を傾げたが、確かに今朝から体調はあまりよくないと思っていた。

「そうさ酷い顔色だ。無理はよくないよ」

 先生は私の肩に手を置くと優しく撫でて笑った。何処か儚い彼の笑顔につられて私も薄く笑い、赤面していく顔を隠すように俯く。ただ、これでは先生の表情が見えない、寂しいものだ。

 ¶

 憧れの人が去っていった部屋で私は突然振ってきた幸せを噛み締めるようにして自分自身の身体を抱き締めた。渡された四つ折りの紙をそっと開いて見る。

 ああ、ああ、ああ!

 私は踊りだしそうになった軽やかな身体に苦笑した。先ほどまでの体調不良が嘘のようだ。
 先生の自宅と私が住んでいる部屋は割りと近いのね、紙に綴られた文字を見て思わず零した独り言は誰にも聞かれてないかしらと今更になって不安になるのだった。

(リアルアルジラとシェフィールド)




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