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宝物
密室空間二重奏 前編(禅次様より)









「というワケで、次のPVは俳優の水谷文貴さんに出演してもらうことになりました」




「………はぁあ?!!」






珍しく俺が大声を挙げると、メンバーの目線が一斉に刺さった。
立ち上がって机を叩いた姿に加え、顔の体温が一気に上がったのも感じた。
ディレクターが疑問を浮かべて俺を見た。




「泉くん、水谷さんのこと嫌いだっけ?」




「……な、んでもないす」





冷静を装って再び腰を降ろすと、他のメンバーは直ぐにミーティングへと戻った。俺だけが頭ん中がヒートしてた。


ミーティングを終え、スタジオへと戻る。ギターを持つとバンドのリーダーが俺を気遣ったのか話しかけてきた。




「お前の書いた曲な」



「…あ?」




「お前のアルバム用に書いた曲のイメージが水谷さんにピッタリなんだってよ」




「…嘘だろ」





今回俺が提出した曲に対してのメンバーの反応が思いの外良くて、次のアルバムのリード曲になるかもしれない、とは上から聞いていた。
普段は他のメンバーの書いた曲がシングルカットとかされることが多かったから、褒められた時は素直に嬉しかったのに。




まさかこんなことになろうとは。
よりによって、この曲って。
















「どーもぉ、水谷文貴です!よろしくお願いします!」




PV撮影の日が来てしまった。
俺は日が近付くに連れて一々憂鬱が増していった。
普段なら一緒に撮影はしないのだが、どうも今回は役者の芝居と俺達の演奏とをドッキングさせたい部分があるらしい。
その提案をされて、メンバーは皆反対しなかったし、する理由がなかった。
俺だけが内心、CG使えよ!と毒づいていたのは言うまでもない。



現場の皆が交流を深めている輪に入れいてないのは俺だけだった。
近付いて良いものか悪いものか、悩む。拳を握り締めて迷う。
そんな俺の苦悩も露知らずに水谷はへらへら笑っていた。
てめぇへらへらしてんじゃねぇよ、と睨むとぱちりと目が合ってしまった。
ヤバい!と高速で目を反らすと、そっちの方が不自然だったかもしれないと後悔をする。




「泉さんですよね?俺いつも曲聞いてるんですよー!よろしくお願いしますね!」




顔を背けていた隙にへらへらした笑顔が目の前に迫っていた。
茶色い髪がふわふわと揺れて、甘いニオイが俺を包む。







「…どうも」






陳腐な台詞に呆れながらそっけなく返すと、二人の間に変な沈黙が生まれてしまった。
気まずくて逃げ出したい時に、打ち合わせします!のスタッフの声に導かれメンバーは次々と踵を返していく。俺だけが動けないでいて、水谷は動かなかった。
水谷がへらへらした笑顔を一瞬崩して少し、ほんの少し俺の耳元に寄った。






「泉、顔に出過ぎだって」




「ってめ…………」




「…ねー泉さん、あっちで打ち合わせだって!」






反論する暇すら与えられず、俺は赤い顔を誰にも見られない様に俯いてメンバーの元へ駆け寄った。
水谷のヤツは何ら変わりのないへらへらした笑顔で輪に入って行った。
演技で俺が勝てるワケがない。
はぁ、と溜め息をついて俺は席についた。






「今日撮りたいのは水谷さんがメンバーの演奏を目の前で見るという画です。ソロの演技は別日に撮影済みです。ではよろしくお願いします!」






どうやら俺達はいつも通り演奏をすれば良いらしく、それもまた俺を安心させる一つの材料となった。
いつも通りセッティングされたセンターのマイクスタンドの前に立ち、軽く声を出しギターを鳴らす。


いくら気まずくても、ギターさえ持ってしまえば後は俺の勝ちだ。
ギターを持つ俺はギターを持たない俺より間違いなく強い。
スタッフの合図と同時に弾くと、やはり気持ちは高ぶるモノだ。水谷が視界に入っても、ギターを弾いていれば今度はなんてことない。
まぁ撮影だから音をガンガン出してというワケではないけど。




やられっぱなしなんて様じゃないし。アイツの武器が芝居なら、俺の武器は音楽だ。




つーか、なんで俺の曲が水谷にピッタリだなんて皆思ったんだろう。
俺はそんなに解りやすい詞を書いただろうか。
せっかく無い知識絞って書いたのに。
まさかバレてはいないだろうな。
気の抜けた笑顔、とか入れたのが悪かったのか。柔らかな茶髪、が悪かったのか。
結論から言うと、認めたくなかったワケだ。
正確に言うとどれもこれも正解だなんて。



仕方ない。
どちらにせよ今俺は歌うしかないんだ。
だったら嫌がらせにでも、お前に向けて歌ってやろうか。





「Hey,darling. Don't you know...?」






水谷の顔は演技なのかそうでないのかよく解らない。一応カメラは回っているのだが。
ミディアムバラードながら、ラブソングをコイツに歌うハメになるとは人生の計算外だった。
しかも、お前が曲のモデルだなんて、死んでも言えねー。から言わない。






お前なら、
俺の歌で俺を読み取ってみやがれ。

なんて一種の俺様主義な考えが浮かんだ。
案外良いモノだと思って、その意見を採用することにする。
俺は今だけは、お前に向かって歌ってやる。
俺から目ぇ離すな。





ベクトルを水谷一人に変えても、水谷は相変わらず、演技なのかそうでないのかよく解らないカオで俺と見詰め合うだけだった。
でも、ニヤリ、口角を上げるとそれに比例して水谷のカオが赤くなったのだけが解った。




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