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神代さん家の
神代さん家の凌牙くん、雰囲気が少し柔らかくなったんじゃない?
ご近所さんがそんなことを噂し始めても、そんなものは本人の知るよしもなく。口元に柔らかい笑みを浮かべて帰宅し、近所の住人に挨拶をされたら軽くお辞儀をし、変な連中とつるんでいるわけでもない。
札付きの不良だったシャークが、こうも普通の中学生らしくなってしまったのには、ちゃんとした理由がある。凌牙自身も気付いていないだろう、九十九遊馬という立派な理由が。

「シャークー!」

一度デュエルをしたなら、仲間。二回や三回、タッグを組んだのなら、尚更。
遊馬は言葉通り、学校内でも仲間として接してきていた。廊下ですれ違えば大声で呼びかけ、放課後はデュエルを申し込んで来る。学年が違うというのに毎日顔を合わせては喧嘩をしたり笑い合ったりしている二人を見て、凌牙への認識を改めた生徒は少なくなかった。

「…凌牙だ」
「だって今までずっとシャークだったし、いきなり変えるのは無理だって!ったくもうお前までアストラルみたいなこと…」
「無理じゃねえよ。諦めたら人の心は死んじゃうんだろ?お前死ぬわけ?」
「う、る、さ、い!」

呼びかけてくるときの笑顔も、羞恥で顔が真っ赤になっているときも、デュエル中の真剣だけど楽しそうな顔も、遊馬の表情という表情を、ああいいなと凌牙は思う。
口には絶対に出さないけれど。
ただ、アストラルという名前はあまり聞きたくない。
遊馬が自分そっちのけでアストラルと話しているときがあまりにも頻繁で、そのうえ話を聞いているとなかなかに親しげで。
凌牙は幽霊なんて居ようが居まいがどうでもいい。それでも、遊馬の傍にいて、色んな遊馬の表情を引き出せる彼が羨ましくもあり、ほんの少しだけ妬ましいような気もした。

「死んじゃうっていうのは飛竜なんだよ!」
「え?だーかーら!飛竜!!」
「と、トイレと風呂のは飛竜じゃねえって!ほんとに!」

また始まった。
遊馬の独り言。ではなく幽霊との会話。
凌牙はため息をつき、遊馬の腕を掴んだ。
そんなに力は込めていない。ただ、こっちを見てほしいと強く思ったときにはもう自分の腕が伸びていた。

「…あ、悪ぃ、しゃ…凌牙」
「飛竜じゃなくて比喩だろ」

キスをしたら、もがいて離れていくだろうと、そう思っていたから。凌牙は遊馬がいつでも抜け出せるように腕に込めた力を緩めた。
それなのに、離れていく気配がない。近付いていく顔が、目が、唇が、ただそこにひたすらありつづけるだけ。
唇が重なっても、抵抗がない。
唇を舐めてやればさすがに逃げるだろうと思ったのに、まるで誘っているかのように唇が開いただけ。
そこに舌を入れて、絡めて、口の中を掻き回してやれば、くぐもった声が聞こえて興奮する。
凌牙は完全にやめるタイミングを逃したまま、自分のやっていることに驚愕しながら、ようやく自らの奥底にあるものを理解した。

「…っ、はあっ、はっ、」

キスをやめれば、先程よりも何倍も赤い顔をしている遊馬がいて。
掴んだままだった腕を離そうとすれば逆に手を握りしめられて。
今まで味わったことのない感情と雰囲気の中で混乱していた凌牙に放たれた言葉。
それは、

「そんな息続くとか、マジで魚かよ…っ」

だった。

「今のも仲間だから、で済ますのか?」
「こうしたいって俺、思ってたし」
「はあ?」
「シャークと手繋ぎたいって、いやキスは…まあびっくりしたけどさあ」

笑いながらそう言う彼は、まともじゃない。凌牙も自分のことがまともだとはあまり思わないけれど、遊馬がまともじゃないのは明らかだ。

「俺、シャークのこと、好きなのかも」

ぽつりと告げられた事実は、キスをしたときに凌牙自身が気付いたことと同じだった。

「次シャークって言ったら犯すからな」
「お菓子?くれるの!?ラッキー!じゃあ、シャーク!」

もう一度ため息をついてから、凌牙は再び期待に目を輝かせている遊馬へと口づけた。


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