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踏否
トロンのために。家族のために。みんなが笑っていた過去を取り戻すために。あの温かな時間を再び得るために。自分がやってきた非道な行いは、それらのためだけにあったのに。トロンは復讐のみを望んでいる。昔のような幸せな日々と復讐、どちらを望むかと問われれば、トロンはためらいもなく復讐を望むだろう。たとえ幸せな日々を捨てることになっても、それを選ぶはずだ。
それでも、復讐を果たしたならば、きっと彼は昔のようにまた笑いかけてくれる。しょうがない奴だなあと笑って、頭を撫でてくれる。
ただ、この罪はどう償えばいいのか。考えたところで何もなく、罪の意識など感じるだけ損だ。

「あ、兄様。もう帰ってらしたんですね」

Vはソファに座ってぐったりとしているWに気付くと、遠慮がちにその隣に腰掛けた。Vに表情を伺われているのがわかり、慌てて頭の中から先程までのぐちゃぐちゃとした思考を取り払う。末っ子だからか、人のことをよく見ている彼は、どうも最近のWの様子がおかしいことにも気付いているようだった。これ以上探られたくない、と同時に全てをぶちまけて泣きわめいてしまいたいとも思った。絶対に、絶対にそんなことはしないけれど。

「ああ」
「紅茶、おいれしましょうか?」
「あー…じゃあ、頼む」

馬鹿なことをした。いつも通りいらねえよ、と一喝すれば彼は寂しそうな顔をしてこの場を離れたはずだ。
思った以上に自分は弱っている。弟にそばにいてほしいと、思うだけならまだしも、実際にそれを強要するような受け答えをしてしまうだなんて。
Vが息を呑むのがわかり、後悔の波が押し寄せてくる。やっぱりいらないと言おうとした瞬間に彼は勢いよく立ち上がり、キッチンへと走って行った。
XとVが紅茶を飲んでいる中、それを横目にコーヒーを飲むのが自分だったはずだ。
Xがいなくて本当によかった。彼に見られていたら皮肉を言われるだろうから。

「ちょっとアレンジで、しょうがを入れてみたんです」

キラキラと輝いた瞳、緩んでいる口元、なんて幸せそうなんだろう。Wは純粋に驚いた。自分たちが求めていた幸せというのは、これじゃないのか。復讐なんてしなくても、人を傷つけなくても、案外簡単に得られるものではないのだろうか。
いや。否定する。違う、これではない。これは違う。こんなものではないのだ。きっとトロンは、もう些細なことでは幸せなんて感じないのだろう。

「兄様?」

何も言わずに立ち上がり、そのまま部屋へと向かう。こんなまやかしの幸せで満足してはいけないのだ。こんなもので満ち足りては、いけない。だってそれなら、自分がしてきたことはどうなる。そうだ、こんなのは、違う。

Vは追いかけて来ない。トロンの高笑いが聞こえてきそうな気がした。きっと彼はこういうだろう。復讐なしに幸せなんてものは訪れないのだと。


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