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溺思
小学生のときは毎日のように起こしてくれていたのに、中学に入ってからはたとえどんなに遅刻しようが姉は起こしてくれない。遊馬自身もようやく自力で起きる習慣がついてきてはいたのだが、昨日はアストラルと共にエスパーロビンの深夜再放送版を見ていたため、あいにくの遅刻だ。小鳥になんか言われんだろうな…。呆れる幼なじみの顔が容易に想像できて、遊馬はため息をついた。
よりによって信号がなかなか変わらない交差点で赤に捕まってしまった。焦りながら足踏みをしていると、目の前を見慣れたバイクが走り去って行くのが見えた。

「シャーク!!おいシャークー!!!」

手を大きく振りながら追い掛けると、そのバイクは道路脇に停車した。
息を切らせた遊馬が追いつくと、バイクに乗っていたシャークはヘルメットを外して迷惑そうな顔で遊馬を見た。

「…なんだ」
「シャーク、学校はどうしたんだよ」

最近はきちんと学校に通っていたはず。不良仲間とは縁を切ったと聞いていたし、放課後は別の生徒と普通にデュエルしていたという話も聞いた。殆ど他人の口から得た情報ではあるが、昔のように荒れている印象は遊馬にもない。
気まぐれでサボることはあるかもしれないが、その気まぐれのトリガーになるものが何かしらあったのではないかと遊馬は感じていた。

「サボりだ。別に珍しいことじゃねえ」
「そっか。どっか行くのか?」
「別に…決めてない」
「ふーん。じゃあさ、俺もサボる!」
「は?」
「で、一緒に水族館行こうぜ!」

呆然としているシャークをよそに、遊馬は彼の足元に置いてある自分用のヘルメットを手に取り、装着すると後部座席に跨がった。そしてなかなか発車しようとしないことを不思議に思い首を傾げ、何かに気付いたようにハッと目を開くと彼の腰に手を回した。前に乗った時はちゃんと捕まれと怒られたような。
何を言おうか口をぱくぱくと動かしていたシャークだったが、ついには諦めたようにアクセルに足をかけた。

「しゅっぱつしんこーっ!!」

自分をここまで気にかけてくれる遊馬に、シャークは悪い印象を抱いていなかった。真っすぐな彼は、自分のような曲がった奴からするとまぶしすぎる。それでも、彼のそばで感じる暖かい光は心地よかった。
嫌なことも、悲しいことも、辛いことも、苦しいことも、全部忘れていられる。自分のような人間でも、前を向いて歩いていいのだと。彼にはそんな風に思わせる力がある。多分それは、彼のデュエルすれば仲間だとかいう極論のおかげなのだろう。そういうはっきりとしたものがあるからこそ、信頼することができたのだ。

「―――――!!」

バイクの轟音のせいで何を言っているのかわからないが、どうやら遊馬はとてつもなくはしゃいでいるようだった。道路沿いに海が見えたからか、そう納得してシャークも自分の髪を揺らす潮風を感じて、少しだけスピードを上げた。ちょっとギリギリな速度。よくない奴らとつるんでいたときにはしょっちゅう出していた速さ。遊馬は更にテンションが上がったらしく、いきなり手を上げた。これにはさすがにヒヤリとして、シャークもスピードを下げる。

「バカ!捕まってろって言ったろ!!」
「何!?聞こえない!!」

あーもう。
片手を離し、遊馬の腕を掴んで自分の腰に回させた。ようやく理解したらしい遊馬は、腕をしっかりと回し、体をシャークの背中に預けてきた。

「ごめんな」

耳元で囁かれて、こんな状況じゃなかったらキスの一つでもしそうなくらい遊馬が欲しくなった。
そういう感情に蓋をして、ひたすらバイクを走らせれば目的地についた。
水族館なんて、魚好きかリア充か家族くらいしか行かない。そういう場所は、日中ひどく空いているのだ。
誰もいない、ただ暗い空間に光る水槽。悪くないかもしれない。鮫だ鮫だとはしゃぐ遊馬を尻目に、目の前のマンボウを見ながらそんなことを思った。

「やっぱ水属性使う奴って、海とか魚とか好きなのかな」
「少なくとも俺はそうだな」
「へー」
なら、よかった
遊馬はそう言って緩く微笑んだ。
なぜ遊馬がここに来たがったのか。ようやくシャークは理解した。こいつなりに気を使ってのことだったのだ。全く、押し付けがましい。全力の善意なんて、もらったことに気付かなければうっとうしいだけなのに。気付いた瞬間、そのあまりにも真っすぐな感情に衝撃を受ける。その善意に気付かず、うっとうしがっていた自分にもショックを受ける。
真っすぐで、馬鹿で、他人の気持ちなんてお構いなしで、なんて愛おしいんだろう。

「ありがとな」
「俺が来たいって言ったんだ。俺からも、付き合ってくれてありがとう」
「あの…観月だったか?に怒られるんじゃないのか」
「多分、そういうのわかってくれるからさ。心配はされちまうかもしれないけど」

手を掴むと、遊馬の体はびくりと動いた。そのまま指を絡めて、ひたすら目の前の水槽を見ていた。
いっそ、いっそ二人でこのまま海に沈んでしまえたら。いや。
シャークは遊馬の手の温もりを感じながら思い直す。
いや、彼は沈んでしまっても、シャークごと水面まで引きずりあげるんだろう。
明日は学校に行こう。そう、強く思った。


あきゅろす。
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