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Vさんの喜び
メルヘンチックな服を着た綺麗な緑色の目をした少年。そういう日常からかけ離れたものを見るのは嫌いじゃない。例えば、近所のいけ好かない青年がやっている寂れた人形屋に並んでいる人形達。あれを眺めながら紅茶を飲むのは、悪くない。
ただ、そんな人形のような整った顔をしている見るからにお上品な少年が水道水を飲み干す姿を見ているのは、変な感じだ。

「おい」

水を飲み終わった瞬間に部屋の中を見回し始めたから牽制の意味も込めて呼びかける。首をあっちこっちに向けながら、狭苦しい一人暮らしの部屋を物珍しそうに見ている様は、まるで馬鹿にされているようで、あまりいい気分ではなかった。

「あ、お水ありがとうございました」
空になったコップをテーブルの上に置き、また笑った。よく笑うヤツだ。
「何の用だよ」

本当は家にいれるつもりなんてなかった。ただ、どんな不審者かと思っていたらおキレイな顔をした少年で、しかも走って来てくださったらしく汗をかいていたものだから、水分を補給させてあげてもいいのではないかと思った。というか、変な格好をした少年だった時点で自分の中の警戒心は馬鹿げていると言ってどこかに行ってしまった。

「…わかんないんです」
「あー、お前はわかんないからっていきなり人に電話してきていきなり家に来たりするのか?なあ、常識って知ってるか?食いもんじゃねえからな」

言い過ぎたか、思ったときには緑色の瞳がゆらゆらと揺れていた。それを隠すようにまぶたをぎゅっと閉じて、Vは笑った。何度目だろう、彼の笑みを見るのは。どれだけたくさんのことを、その笑みで覆ってきたのだろうか。

「本当に、本当にごめんなさい。ただ、離れ離れになってしまった兄様を探していて…」

謝ろうかと思ったけれど、もっと困ればいいのだとも思った自分がそれを制した。ここはこう聞けばいいのだろう、兄様ってのは誰なんだと。ただ、こいつには色々面倒をかけられたのだ。少し仕返しをしてやればいい。騙そう。

「多分、俺だ、その兄様っての」
「え、どうして…?」
「お前にすげえ見覚えがあるんだよ。多分お前がちっちゃい頃に少しだけ会ったことがあったんだと思う。よく来てくれたな」

本当のことを知ったら、こいつはどんな顔をするだろう。もしまた笑って誤魔化されたらつまらないけれど、そうされないように徹底的に希望を与えておこう。徹底的にやってやろう。一瞬かけられた言葉を頭の中で反芻したのかポカンとして、それからパッと笑って。それが心から湧いて来たようなとびっきりの笑顔で、その笑顔をズタズタにするときを思い、心が震えた。最高だ。

「やっぱり!目が覚めたら携帯電話とこの紙がポケットに入っていて、それで、このアパートまでの地図と、この番号にかけてこのセリフを言うようにって書いてあったんです。僕が覚えているのは兄様のことだけで、もしかしたらって…良かったあ」

詳しく説明してほしいと言えば、信頼しきった様子でペラペラとおしゃべりしてくれた。目が覚めたとき、こいつは町外れの潰れた美術館にひとりぼっちで倒れていたらしい。そのうえ自分自身に関するほとんどの知識が曖昧で、離れ離れになってしまった兄様という大切な家族がいたことをぼんやりと覚えているくらい。唯一の手がかりである兄様の容姿も名前も覚えておらず、絶望していたVはポケットの中に入っている紙切れと携帯電話を発見して、それを駆使し、ここにたどり着いたと。
誰だ俺の携帯番号と住所を晒しやがったやつは。潰れた美術館で気絶している人のポケットに個人情報を書いた紙を入れるなんてなかなかなファンサービスだ。
いいさ、俺だってこれから最高のサービスをこいつにしてやるんだから。期間はどれくらいがいいだろうか。一週間、一ヶ月。それくらい騙せればもう最高すぎてどうしようもないくらい気持ちいいだろうし、良い顔が見れること間違いなしだ。

「V、今日から家で暮らせよ」
「いいんですか!?」

幸せだろう、嬉しいだろうな。なんてったってさっきから嬉しいことがいくつも起きているんだから。その喜びは全て俺の手によって生み出されているものだなんて、そんなことは知らずに奇跡だと言わんばかりの喜びよう。いい、いい、すごくいい。

「兄弟だろ、遠慮しなくていいからな」
「兄様…」

生活費が高くなるのは頂けないが、サービスの為ならそんなものは惜しんではいけない。
こんなこともあろうかと貯めておいた無駄金がようやく役立つ時が来た。カードゲームのプリンスだなんてもてはやされている現状を悪く無いと思えたのも初めて。なあ、お前のおかげなんだぜVさん。せいぜい壊れる時は盛大によろしく。

「よろしくな、V」
「よろしくお願いします、兄様」


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