手袋ウサギ
A
「西野は俺が嫌いなのか?」
「そんな事っ!言ってないじゃん。」
「俺と関わるのが嫌だからそーやって君付けで呼んで遠ざけようとしてんだろ。」
「違うよっ。」
「もういい。どいつもこいつも皆敵だ。俺に優しくしてくれる奴なんて誰もいねぇんだ。死んでやる。」
うわぁ…めんどくせぇ……
すると俺のケータイが鳴った。山下から電話だった。俺は通話ボタンを押す。
『西野?今何処いんだよ。』
「ごめん、今日行けないかも。」
『はぁ?何で』
「急にすげぇ腹痛くなってさ」
『大丈夫かよ。』
「うん、後から行けたら行くから三人でやってて。」
『あぁわかった。無理すんなよ。』
山下の声は本当に心配そうで、俺は嘘をついてしまった事に少しだけ心が痛んだ。電話を切ると、三浦君と目が合った。
「ここじゃ寒いからさ、どっか入ろうよ。」
俺が言うと、今度は俺の腕を掴んで三浦君は歩き出す。少し痛い。
「何処行くの?」
俺は尋ねた。
「俺ん家。近くだから。店じゃすぐ閉まっちゃうだろ。」
三浦君は俺を引っ張って歩きながら、進行方向から目をそらさずに言った。その辺の店が閉まるような時間になっても俺は解放して貰えないのか…?あぁやっぱり今日は行けそうにないよ、山下。
何だか泣きたい気分になった。
三浦君の家はほんとにすぐ近くだった。大きくて綺麗な家だ。三浦君が玄関の鍵を開ける。俺は中に入る前に身体中にまとわり付いている雪を、念入りに払い落とした。家の中に入れて貰うと、人ん家特有の匂いがした。優しい良い匂いだと思った。
「お邪魔します」と俺が言うと、「誰も居ねぇけどな」と三浦君が言った。何処の部屋も電気がついてなくて真っ暗だ。
「家の人は?」
「親二人でどっか行ったよ。」
「三浦く…三浦の事置いて?」
また君と言いそうになって睨まれてしまった。何でそんなに気にするんだろ。
「今日は彼女と過ごすつもりだったから俺から断ったんだよ。」
「そっか…でも仲良いんだね。」
「そーだな。」
三浦君は心無さそうに答えた。
三浦君の部屋に入ると、凄く片付いていた。というよりは物が少ない。必要最低限の物しか無いように思える。いつも物で溢れてごちゃごちゃしている俺の部屋とは大違いだ。
ふと踵に違和感を感じて見てみると、靴下に穴が開いていた。ここが山下ん家で、目の前に居るのが山下と原と細田だったら全く気にはならなかったが、今居る場所は初めて来た三浦君の家で、当然目の前に居るのは全然気心知れた仲でもない三浦君だ。口に出して言わないでも心の中で、貧乏くせぇやつ、とか思われないか心配になった。見られたくないな、と少し思った。
「コタツ入れよ。」
三浦君がコタツのスイッチを入れながら言った。
三浦君の部屋にはベッドの横に小さめのコタツがあって、この部屋に入って最初に目に入ったのがこれだった。
「うん、ありがとう。」
俺は少しほっとした。これで靴下の穴を見られる事はないだろう。
三浦君はコタツに入り、ベッドによしかかる。俺は上着を脱いで床に置くと、何も考えずにその反対側に腰をおろした。俺の方にはよしかかれる物が何も無い。つーかそれ以前に、正面って妙に気まずくないか?しかもコタツ小さいからこの距離だし。今更気付いてももう遅い。今動いて不審に思われるのも嫌だった。俺は諦めてこのままで居る事にした。そして、すげぇ腹が減ってる事を思い出して、さっき買って来たお菓子を母さんから借りたエコバッグから出した。コタツの上に置く。
「三浦も良ければどうぞ。」
と言って、箱や袋を開けた。
「サンキュ。でも今何も食いたくねぇから。」
「そっか。じゃあ食う気になったらいつでもどうぞ。」
その時残ってるかどうかは分かんねぇけど。
それから三浦君は話し出した。彼女さんにふられた時の話とか、今までの思い出話とか。俺はそれを、一人でお菓子をバリバリ食いながら聞いていた。あんましちゃんと聞いてなかったけど、たまにテキトーな相槌を入れながら。途中で三浦君が立ち上がったかと思うと、それらしい失恋ソングをかけだしたからすげぇ笑いそうになったけど、歯をくいしばって耐えた。こいつふられた自分に酔いてぇだけなんじゃねーかと。よくそんなに話尽きないなーと思ったが、それさっきも聞いたよ、が何回かあった。
彼女さんは少し前から二股をかけていたらしい。三浦君を相手に、だ。しかも三浦君は彼女さんにとって二番目だったらしい。今日はそのもう一人の方と過ごせる事になったから、三浦君は外れたのだ。その人と彼女さんが一緒に居る所に出会してしまって、何してんだと問い詰めたら別れて欲しいと言われたらしい。
彼女さんは尚更凄い人だなと思った。もう一人の方は彼女さんと同じ三年生の人らしいのだが、その人は三浦君よりもかっこいいのだろうか。あの学校に三浦君よりかっこいい人なんて居たっけ?まあ好みは人それぞれだと思うし、人は見た目だけじゃないとは思うけど。
今まで三浦君の顔をこんなにまじまじと見た事は無かったけど、近くで見たらより綺麗な顔をしている。奇跡のように整っている。三浦君イズ奇跡だ。男の俺でも見とれてしまう。という事はやっぱ性格なのかなと、ぼんやり思った。三浦君の事は俺はよく分かんねぇけど、付き合ってみたらなんか違うなって感じなのかな。女の子の気持ちもよく分かんねぇけど。
そんなこんなで、23時が過ぎていた。もう山下達の方は終わって、原も細田もきっと帰っちゃっただろうなーと思った。行きたかったな。後から今日の三人で楽しかった話とか聞かされたら、俺はマジですねてしまうかもしれない。ピザもケーキも食いたかったし。
ケータイが鳴った。今度は母さんからの電話だった。何時に帰って来るの?と聞かれて、俺にも分かんねぇよと思った。チラリと三浦君を見ると、「帰って来いって?」と聞かれた。それがあまりにも捨て犬の様な目をしていたから、「いつまで居て良いの?」と俺は聞いた。心の中ではいつになったら帰っていいの?だったが、こんな言い方は出来なかった。
「泊まってけよ。」と三浦君が言ったから、俺は母親に「明日になるかも。」と答えた。そう、分かりました、と返ってきて電話を切った。
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