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勇気の出るうた
@

「紺野君」

 クラスメートの女子に名前を呼ばれた。

「えっ、あ、はい?」

「これ紺野君のシャーペンじゃない?」

「あぁ、うん。そう」

「落ちてたよ、はい」

「あ、ありがとうございます…」

 その女子からシャーペンを受け取る手が震えた。

「お前マジうけるっ」

 土屋がニヤニヤしながら言った。

「何だよ」

「女子から話しかけられたぐらいでビビりすぎだろ」

 俺は女子が嫌いな訳じゃないけど、凄く苦手だ。これは自分に自信が無いからだと思う。それで、女子と話す時は緊張しすぎて全然上手く喋れないんだ。

「紺野ってマジで草食系だよな」

 土屋は俺とは全然性格が違うけど、何故かずっと仲が良い。と、俺が勝手に思ってるだけかもしれないけど、中学の時から友達だ。俺は目立つ事が嫌いだからいつも大人しくしてるけど、土屋は明るくて元気でかっこいいから、全校生徒に知られてるぐらい有名人だ。俺と違って女子とも仲が良いし、良い奴だからひがまれる事も無くて男子の友達も多い。

「つーかお前、椎名と話す時もなんか変だよな。女子と話す時みたいに」

「え…」

「あれ何で?」

 ついこの間の事だ。ある日の放課後、土屋がバイトの時間まで暇だって言うから、俺も付き合って教室でだらだらと時間を潰していた。教室に置いてあるラジカセで勝手にCDをかけて、俺達が好きなバンドの曲を聴いた。すると土屋が歌い出して、俺もつられて歌った。誰も聞いてないと思って完全に気を抜いてた。だから教室の戸が開いた時は飛び上がるぐらい驚いた。若干熱唱までいきかけてたし。

「うわっ、なんだ、椎名か」

 土屋が言った。

「あのさ、二人今暇かな?」

 椎名は俺以上に大人しい奴だ。つーか、椎名の声をちゃんと聞いたのはこれが初めてだったかもしれない。

「暇っちゃ暇だけど?」

 土屋は人懐こい奴だから誰とでも普通に喋る。

「ちょっと茶道部来てお客さん役やってくれないかな。お菓子食べてお茶飲んでくれるだけで良いんだけど」

「お菓子食えんのっ?」

 土屋はお菓子という言葉に食い付いた。

「うん。和菓子だけど」

「おっけー行こうぜ紺野」

「あぁ、うん」

 俺達は初めて茶道部の部室に入った。畳の小さな部屋の中には女の顧問の先生と後輩の大人しそうな女子部員が二人居た。

「お、連れてきたね。じゃあ二人そこ座って」

 茶道部顧問の若林先生が言った。

 俺達は茶道の事なんて全然知らないから、先生や椎名に教えてもらいながら何とかお菓子を食べてお茶を飲んだ。その後、俺達は茶道部の人達と少し雑談をした。

「もう辛かったら足崩してもいいよ」

 ずっと正座をしていた俺達に先生が言った。若林先生は図書室の先生でもある。俺はあんまり図書室には行かないからほとんど関わった事が無かったけど、感じが良くて話しやすい人だと思った。椎名と他の部員の子達は大人しいけど、不思議と気まずい雰囲気は無い。

「あ、そういえばお茶の味、苦手じゃなかった?」

 お茶をたてた椎名が言った。

「全然っ。俺抹茶大好き」

 土屋が答えた。俺も何か言わなきゃと思った。

「大変美味しゅうございました」

 俺は真面目に言ったつもりだったんだけど、俺がこんな言葉を使うのが可笑しかったのか、椎名はそれは良かったと言って柔らかく笑った。その笑顔が意外に爽やかで、思ってたより明るい奴なのかもって、二年の時から同じクラスなのにその時になって気付いた。それに、姿勢良く真っ直ぐに座る椎名は大人っぽくてかっこよく見えた。そして俺は、椎名が笑ってくれた事が何故か少し嬉しかったんだ。

 前までは失礼だけど、椎名の事を何処にでも居るようなただの地味な奴だと思ってた。色白で細くて俺より頭一つ分ぐらい背が低くて、休み時間は大体いつも一人で本を読んでて、存在感が無い。でも椎名の事をよく見てると、ただ大人しいと言うよりは落ち着いてるって言った方が正しい気がしてきた。周りの奴らよりずっと大人っぽくて、一人で居る事が自然で、椎名を見てると群れてるこっちの方が恥ずかしくなってくる。きっと精神年齢が俺達なんかよりずっと高いんだと思う。土屋とかが教室でふざけて騒いでる時も、それを穏やかな気持ちで見守れるような器の大きい人間なんだ。体は小さいけど。


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あきゅろす。
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