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バナナミルク3
C

俺は部長に出会うまで一人だった。だけどべつに辛くはなかった。それが普通だったから。人が嫌いだった訳じゃない。人とどう接して良いのかが分からなくて、一人の方が楽だっただけだ。部長と一緒に居るようになって俺は変わった。一人だとつまらないという事を知った。二人だと何をしても楽しい事を知った。あの時、高校の廊下で部長に声をかけられなければ、俺が書道部に入ってなければ、俺は未だに何も知らない、何も感じない毎日を過ごしていたかもしれない。

 どんなに綺麗な桜も夜景も、一人で見てたらただの風景で、心は動かない。この先ずっと覚えていられるか分からない。実際、中学の修学旅行で見た夜景はぼんやりとしか覚えてないし、あんなに綺麗でもなかった気がする。隣に部長が居るかどうかが重要なんだ。俺は部長との思い出なら絶対忘れない。俺と部長は歳が一つ違って、学年が違った。中学までは学校も違った。同じ場所の記憶があっても、その時の思い出は別々の物だ。でも今は、同じ時に同じ場所で、同じ思い出を作る事が出来る。これからもずっと、もっと沢山部長との思い出を増やしていきたい。

 俺にとって部長は特別だ。けど、部長にとって俺が特別かどうかは分からない。今は俺が部長の世話になってばっかで、何でも与えてもらうばっかで、必要とされてるかどうかも分からない。部長はいつも頼りになるけど、凄く弱い所もある人だ。部長が困った時とか悩んでる時は、俺が力になりたい。どんな時も俺が居る事で安心してもらえるような、部長にとって絶対な存在でありたい。でも、こういう事は絶対言わない。口に出したら薄っぺらくなってしまいそうだから。部長は"ありがとう"とは言ってくれるかもしれないけど、本気で信じてはくれない気がする。だったら行動で証明するしかないんだ。

 部長が俺をうっとうしいと思っても、部長は優しいからそれを口には出さないと思う。俺はその優しさに甘えて、あえて空気を読まない。何十年先までだってずっと、しれっと部長の隣に居てやるんだ。

 いつからか言えなくなってしまった想いも、言えないなら態度で示せばいい。つーか、結構分かりやすくアピールしてるつもりなんだけど、少しは気づいてくれてんのかな…





 黒瀬君とずっと一緒に居るうちに、なんとなく彼の事が分かってきた気がする。相変わらず表情から気持ちを読み取るのは難しいけど、今凄く楽しそうだなぁとか、今日は何か嫌な事あったのかなとか、本当になんとなくだけど分かるんだ。

 黒瀬君は知れば知る程面白い子だ。最初は何考えてるのか全然解らなくて、どう接して良いのかも分からなかった。でも、意外にも黒瀬君の方から歩み寄ってきてくれて、少し戸惑ったけど、実はあの時結構嬉しかったんだ。たまに口を開いたと思えばすぐかむし、しょうもない下ネタばっか言ってた気がするけど。

 今でもペラペラ喋るタイプの子じゃないし、大人しいけど、暗いわけじゃない。面白い事をしたり言ったりもする。いつもぼけっとしてるように見えて、いざという時は驚く程頼りになったりもする。それから、意外と行動力もある。黒瀬君が動かなければ、この旅行は無かったかもしれない。俺は何でもめんどくさがってやらないタイプだから。

 今回の旅行で、函館って本当に良い所だなぁと思った。函館に来たのはこれで二回目だけど、前よりも一層思った。元々良い街だけど、やっぱり旅行って誰と来るかが重要だと思う。黒瀬君と一緒だと何故か凄く楽しくて、だから余計に見る物全部が素晴らしく見えるんだと思う。

 俺は友達が居なかった事は殆ど無いし、大体どんな奴とも表面上は仲良くできた。でも、黒瀬君程一緒に居て安心感がある人は今まで居なかった。落ち込んでる時とかも、黙って傍に居てくれるだけで気持ちが楽になるんだ。

 黒瀬君はよく解らない子だったからこそ、深く向き合えたのかもしれない。考えてみれば、これ程深く関わった事がある人は他に居ない。どういうつもりで俺とばっか一緒に居てくれるのかは謎だけど、なんかいつの間にか家族みたいになってきて、この先もずっと関係が続いていきそうな、不思議な予感がするんだ。

 最終日、帰りの飛行機は行きよりもずっと早く感じた。無事に旅行を終えて、俺はアパートに帰った。黒瀬君は、一旦は自分の家に帰ったけど、夜になったらいつもどおりまた俺の部屋に来た。いつもどおり呼び鈴も押さずに入ってきて「ただいま」と言う。俺もいつもどおり「おかえり」と言う。ここは俺の部屋だけど、黒瀬君にとっての確かな居場所でもあるから。



「ふふっ」

「どうしたんですか?」

「いやちょっと思い出しちゃってさ。実際市電に足だけ轢かれたらグロいなって」

「?…あぁ市電待ちのカップルの」

「そうそう。つーかあの時聞いてなさそうで黒瀬君も聞いてたんだね」

「聞いてたっていうか、聞こえたっていうか…」

「俺も。でさ、彼女ちょっと彼氏に冷たかったよね」

「はい。で、帰るホテル同じでしたよね」

「そうっ!市電降りる時も一緒だったし、なんか行く方向ずっと同じだなぁって思ってたら帰るとこ同じだったんかいって」

「俺も思いました」

「思ったらその時言おうよ。俺も言わなかったけど」

「時間差トークですね」


終わり


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