[携帯モード] [URL送信]

バナナミルク3
B

「運良かったんだね。俺の時は天気悪くて何も見えなかったんだよ」

 黒瀬君が「写真撮りましょう」と言って、さっき五稜郭でやったように自分達にカメラを向けて撮った。黒瀬君が撮ると必ず俺達のどっちかが切れるし、俺が撮ると二人ともちゃんと収まるけど、どうしても俺が二重あごになってしまう。これはこれで面白いから良いんだけど、自分撮りで可愛く写れる女の子って凄いなぁと思った。

「俺等ダメだな。でもやっぱカメラは凄いね。ちゃんと夜景は綺麗に写ってるもん」

「そうですね」

 その時、この展望台で働いてる人らしきお姉さんが声をかけてくれた。

「良かったら写真撮りましょうか?」

「あ、良いですか?お願いします」

 カメラを渡して後ろに夜景が写る位置に黒瀬君と並ぶと、お姉さんが「じゃあ"たらばがにー"でいきますよ」と言った。えっ、はずっと思ったけどすぐに「せーの」と言われて、俺は照れながらもお姉さんと一緒に「たらばがにー」と言った。隣の黒瀬君が言ってない事に気付いて、俺は「言えよっ」と言って肘で黒瀬君の腹を打った。黒瀬君が「ぐふっ」と言った。

「これで大丈夫ですか?」

「はい、ありがとうございました」

 カメラを返してもらうと、お姉さんが黒瀬君に微笑んで「トレーナー素敵ですね」と言った。今気付いたけど、土方トレーナーを着た黒瀬君は凄く目立つ。なんだか俺の方が恥ずかしくなってきた。更に、修学旅行生の女子達の話し声が少しずつ聞こえてくる。"土方トレーナー"とか"男二人で夜景"という言葉と笑い声。確かに、函館に来たら夜景は見なければとだけ思って他の事は何も考えてなかった。こういう場所って、カップルとか女の子同士で来るなら良いけど、男二人でってちょっと不自然かな…

「黒瀬君、もう帰ろうか」

「もういいんですか?」

 黒瀬君が呑気に言った。

「うん、もう充分見たから。早く帰ろ」

 自販機で温かい缶コーヒーを買うと、ロープウェイで山を下った。そして市電の停留所まで歩く。さっきキツかった上り坂が、今は下り坂だ。走り出したら止まらなくなりそうで、勢いがつかないようにゆっくりと下っていく。さっき飲むためというよりはカイロ代わりに買った缶コーヒーを、パーカーのポケットの中で転がした。

「そのトレーナー暖かい?」

「…着ないよりはましってぐらいです」

「そうか、パーカー着てても寒いもんな。これ温かいよ」

 俺は黒瀬君に缶コーヒーを渡した。それから代わりばんこに缶コーヒーを持ちながら歩いた。停留所に着いて市電を待つ。寒さのせいか俺達は口数が少なくなって、そのうち何も喋らなくなった。缶コーヒーは二人で片手ずつ一緒に握っている。隣で俺達と同じように市電を待つカップルの会話が、聞くつもりは無くても勝手に耳に入ってくる。彼氏の方が市電の通り道ギリギリの所に少しだけ足を出して「今市電来たらさ、ぶしゅあーって足吹っ飛ぶよね」と言うと、彼女がめんどくさそうに「その前に停まるでしょ」と言った。俺はただぼーっとしてて、この会話を聞いていても特に何とも思わなかった。

 この後俺達はホテルの部屋に戻ると、風呂に入って歯を磨いて今日はすぐにベッドに横になった。明日はもう飛行機に乗って帰るだけだ。





 ベッドの中で部長と話す。

「なんか修学旅行みたいだね」

 部長が言った。

「はい」

「黒瀬君の学年も東京とか大阪京都奈良だったっけ?」

「そうです」

「俺等の一個上まで韓国だったんだけど、俺等の学年から国内に変わったんだよ。理由は忘れたけど。つか、黒瀬君韓国行ってたら絶対モテたと思う」

「え、そんな事ないですよ」

「いやモテたね。韓国で日本人ってモテるらしいよ。俺のクラスに留年して韓国と国内両方行った奴居たんだけどさ、ジャニーズ並みにキャーキャー言われたんだって、韓国の女子達に。まぁ元々男前な奴だけど。つか、修学旅行二回行くってのも凄いよね」

「部長もダブれば良かったのに…」

 俺は思った事をすぐ口に出していた。

「えー、二回はキツいよ。金もかかるし」

「部長と一緒に行きたかったです、修学旅行」

 俺が言うと、部長は柔らかく笑って「良いじゃん、今一緒に旅行してるんだしさ」と言ってくれた。そう言ってくれるんじゃないかと思ってた。部長と一緒に居ると、何気ない会話の中で部長はその時俺が欲しい言葉とか答えをくれる事がよくある。こういう時俺は、部長と心が通じてるみたいで嬉しくなるんだ。もしかしたら部長は、俺の親よりも俺を理解してくれてるんじゃないかと思う。こんなどうしようもない俺を解ろうとしてくれる唯一の人だ。

「俺今ちょっとはずい事言ったかな」

 部長はそう言うと、掛け布団を巻き込みながら壁際に転がっていった。俺も転がりながら部長のベッドに侵入すると、ぎゅうぎゅうと体全体で部長を壁に押しつぶした。部長に触れたくなった時は、いつもこんなふうに遊んでるふりをしたり、理由を探したりする。そうしないとなんか照れるから。ちょっと前まではどんな時でも普通に触れたのに…

「苦しいよー」

 部長が言って、俺は部長を解放するとまた転がって自分のベッドに戻った。すると今度は部長が俺の方に転がって来る。俺はベッドから落とされそうになった。

「ベッドくっついてると広くて楽しいね」

「はい」

 それから、それぞれの修学旅行の出来事の話になった。部長は家に電話をかけて親とお土産の話でもめて機嫌が悪くなった話とか、竹下通りの黒人にビビった話とか、他にも色んな話をしてくれた。

 俺はディズニーランドでの話をした。ディズニーランドでは班もクラスも関係なく、友達同士で遊んで良い事になっていた。だけど、人とのコミュニケーション能力が殆ど無かった俺は友達がいなくて、最初は一人でうろうろしていた。それを見て不憫に思ったんだと思うけど、女子達のグループに拾われて、そこからその女子達と一緒に行動したんだ。この話をしたら部長は「それマジウケる!つーか、その場面めっちゃ目に浮かぶ」と言って爆笑した。あの時の女子にもウケると言われた気がする。"黒瀬君一人!?マジウケるんだけどー"だったかな。その後英語の先生に会って「なんだ黒瀬は女子と一緒か」とからかうような口調で言われた事も、ぼんやりと思い出した。でも、これぐらいしか思い出せない。あの時部長が居たら、もっと他にも色んな事覚えてただろうな…

 部長には、他の人とははっきり違う何かがある。それが何かはまだ分からないけど、初めて会った時から、不思議な魅力をなんとなく感じてた気がする。


[*前へ][次へ#]

3/4ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!