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バナナミルク3
A

 テレビではお天気キャスターのお姉さんが「お出掛けになる方は傘を持っていっても持っていかなくても良いでしょう」と言っていた。何だそれ。続けて「降ったとしてもお肌を潤す程度の雨です」と言った。あぁなるほど。一応折り畳み傘は持ってきてるけど、邪魔になりそうだから置いて行こうと思った。黒瀬君はまだ隣で枕を抱きながら寝息をたてている。

「起きて。出掛けるよ」

 黒瀬君の細い腕をぺちぺち叩く。

「んー」

「んーじゃなくてさ」

 起きない黒瀬君を一旦諦めてカーテンを開けた。所々に青空は見えるけど、やっぱり曇りだ。昨日よりは暖かければ良いな…

 俺が歯を磨いたり顔を洗ってる間に黒瀬君が起きて、それから俺達は出掛ける準備をするとホテルを出た。

「昨日とあんま変わんないかもね」

 風も相変わらず強い。今日黒瀬君はこの旅行に持ってきたシャツを全部重ねて着ている。それでも足りなそうだけど、一応寒さ対策のようだ。俺も着れるだけ着込んだ。しかしこんなに寒いとは誤算だった。そういえばさっき見た天気予報で、道北の方には雪マークがついていた。同じ道内で雪降ってんだもんな。もうゴールデンウィークも過ぎたというのに。

 市電に乗ってベイエリア辺りで降りる。街をぶらぶら散歩したり、赤レンガ倉庫で色んな店を見てお土産を買ったり、ジェラートを食べてその冷たさで口の中をぴりぴりさせたりした。一時的に本降りの雨が降って、天気予報のお姉さんの嘘つきと思ったけど、中学の修学旅行で函館に来た時も雨だった事を思い出して、なんだか懐かしくなった。あの時は同じ班の奴等にてきとーについてってただけだから記憶が薄いけど、歩いて周りの景色を見ているうちに何となくここ来たなって少し思い出したりもした。そして大体何処に行っても修学旅行生が居た。

 そういえば昨日五稜郭で奉行所の中を見てないという事を思い出した。桜ももう少し見ておきたい。それで俺達は一旦ホテルに戻り、お土産とかの荷物を部屋に置いてからまた五稜郭へ向かった。

 五稜郭公園に着くと、昨日見なかった箱館奉行所の中を見て少し歴史を学んでみようとした。けど、すぐに断念した。幕末の箱館開港云々、戊辰戦争最後の戦いとなる箱館戦争云々、新撰組云々…俺は歴史が苦手だった。とりあえず土方歳三がイケメンだったという事だけは分かった。

奉行所を出ると、黒瀬君が奉行所を背景にして俺を撮った。思えば、黒瀬君はこの旅行でずっと俺ばっかり撮ってる気がする。折角函館まで来たんだから、黒瀬君も写らないと勿体無いじゃないか。

「黒瀬君も撮ってあげるからカメラ貸してよ」

 俺が手を伸ばすと、黒瀬君はすんなりカメラを渡してくれた。そのわりには俺がカメラを構えると逃げる。

「ちょっと、動かないでよ」

 黒瀬君は「シュッ」と口で言いながら素早くフレームアウトする。

「ああっ、くそっ。片足しか写らなかった」

「撮れるもんなら撮ってみやがれ」

 棒読みの台詞口調で言いながら黒瀬君が走り出した。

「何だとっ、待てーい」

 アスファルトの地面に落ちた桜の花弁が、風で舞い上がった。俺は黒瀬君を追いながら数回シャッターをきる。走る黒瀬君と一緒に周りの桜の木々も写る。今時のデジカメは高性能だから、こんなに走っていても全然ぶれてない。後ろ姿しか撮れなかったけど、これはこれで良い写真だと思った。

「…っはぁ、疲れたからもう終わり!」

 俺は息切れが早い。黒瀬君が俺の所に戻ってくる。多分黒瀬君は、一人で写るのが照れるんだと思う。

「じゃあさ、自分撮りみたいにして二人で写るやつやってみようよ」

 あんまりというか、こういう事をやるのは初めてだ。上手く撮れるか自信は無い。桜の木が後ろに写るようにして、自分達の方にカメラのレンズを向ける。黒瀬君が俺の身長に合わせて少し屈む。

「いくよー」

「はい」

「はい、ちーず」

 撮れた写真を見てみると、意外にちゃんと二人とも写っていた。

「お、上手くいくもんだね。でも俺二重あごになってる」

「俺もやってみたいです」

 今度は黒瀬君が同じようにしてシャッターをきった。すると、俺はちゃんと写ってるけど、黒瀬君は顔半分ぐらい思いっきり切れている。

「下手だなー」

「難しいですね」

 そうこうしているうちに、また寒さに耐えきれなくなってきた。俺達は五稜郭タワーの中に入って、土産物売場を見る事にした。今日は昨日程混んでない。修学旅行生が今は居ないからだ。お菓子とか新撰組グッズとかが並んでるのを見ていると、いつの間にか黒瀬君が何か買ったみたいだった。五稜郭のマークが入った袋を手に提げている。

「何買ったの?」

「後で見せます」

 この後お腹がすいてきて、ここから近いという理由と、やっぱり函館といえばラッキーピエロだろって事で、ラッキーピエロに行ってハンバーガーを食べた。俺の食い方が下手なのか、とにかく横からレタスが飛び出まくった。

 夜は函館山から夜景を見る予定だ。まだ外は少し明るいから、ホテルに戻って暗くなるのを待つ事にした。

 ホテルの部屋に戻ると、黒瀬君がさっき五稜郭タワーで買った物を広げて見せてくれた。

「しぶっ!めっちゃかっけぇ!」

 土方歳三の顔がバンッと表側のど真ん中にプリントされたトレーナーだった。

「函館らしいかなと思って思い出に」

「すげー良いよ!つーか夜絶対寒いからそれ着てったら良いよ」

 外が暗くなって、俺達はホテルを出た。市電に乗って函館山近くで降りると、少し歩く。そしてロープウェイ乗り場へと続く急な坂道を登っていく。

「キツいなこの坂道」

 俺が呟くと、黒瀬君は俺の手を掴んで引っ張ってくれる。

「おー、少し楽かも」

 山麓駅でチケットを買うと、列に並んでロープウェイを待った。

 ロープウェイに乗って山を登っていく途中、また中学の修学旅行を思い出した。あの時は天気が悪かった。登っていく途中濃い霧の中に入って、それまで見えていた夜景が全く見えなくなったんだ。上に着いて集合写真を撮ったけど、後ろに夜景が全く写らないのに写真なんか撮る意味あんのかと思ったのを覚えている。でも今回は、寒いけど夜景はちゃんと見えそうだ。

 展望台に着いてロープウェイを降りた。ここも観光客や修学旅行生で賑わっている。俺達は外に出て夜景を見た。

「ちゃんと山の上から見れたの初めてだよ」

「俺二回目です」

「へー、来た事あるんだ」

「修学旅行です」

「中学校の?」

「はい」

「黒瀬君の学校も函館だったんだね」

「部長もですか?」

「うん、大体何処の学校も同じか」

 黒瀬君と出会ったのは高校の時だった。住んでた町が違うから、中学校も違ったんだ。黒瀬君はどんな子供だったんだろう。少し気になった。


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あきゅろす。
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