バナナミルク3
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今、俺と黒瀬君は飛行機の中に居る。二泊三日で函館に旅行に行ってくるんだ。というのも、始まりは今年の冬の終わりぐらいに俺が軽い気持ちで呟いた一言からだった。
「桜見に行きたいな」
「何処にですか?」
「やっぱ桜と言えば五稜郭かな」
「函館ですか」
「そうだね」
「じゃあ行きましょうか」
「えっ」
思えば、黒瀬君には前から何処かに行こう行こうとは言われてたけど、なかなか何処にも行けてなかった。仕事の休みが取れないとかいうわけではなかったんだけど、行きたい所も思い付かず、ただ何となく重い腰が上がらなかったんだ。
飛行機とかホテルの予約は黒瀬君がやってくれた。一ヶ月ぐらい前から予定を立てて、お互いバイトとか仕事の休みを貰って、今日までわくわくしながら過ごしていた。黒瀬君はアパートの俺の部屋にこの旅行の為に買ったというデジカメを持って来て、試し撮りと言って何枚も俺を撮っていた。あまりに何枚も撮るから何回かに一回は変顔をしてあげた。それから、テレビで函館の桜が今何分咲きだとか言っているのを聞く度、俺達が行く時まで持ってくれるかとか、天気はどうなるかとか、心配したりもしていた。
旅雑誌に夢中になっていると、あっという間にもう函館上空みたいだった。飛行機が傾きつつ地上に降りていく。函館の海が見えた。普段海から遠い所に住んでいると、海を見るだけで少しテンションが上がってしまう。
無事に函館空港に到着して、預けていた荷物を受け取ると外に出た…途端、寒っ!と思った。
「さむっ」
黒瀬君は実際口に出して言った。空を見上げると、曇り空でかろうじて雨は降ってない。天気予報では一日目雨、二日目曇り、三日目少し晴れると言っていた気がする。寒くなるとも言ってたけど、もう五月だし荷物が増えるのも嫌だし、パーカーさえあれば大丈夫だろうと思っていた。でも、パーカーを着ていても寒い。俺はまだ良い。黒瀬君はもっと薄着だ。Tシャツの上に薄手のシャツを一枚羽織ってるだけなんだ。
「大丈夫?」
「なんとか」
と言いながらも黒瀬君は既に鼻を啜っていた。
「最初から風邪引かないでよ」
そして俺達はホテルへ向かう為、バスに乗り込んだ。
ホテルに着いてチェックインを済ませると、まず俺達が泊まる部屋に荷物を置きに行く事にした。
中に入ると、結構良い部屋だと思った。ベッドが横に二つくっついて置かれてるのが少しウケた。
「黒瀬君っ、これごろごろしながらそっち行けるよ」
「…そうですね」
黒瀬君は俺の話を聞いているのかいないのか、生返事を返しながら絵が入っている額の裏側を覗き込んでいた。
「御札あった?」
「セーフです」
黒瀬君はそういうの気にする子なのか。俺も気にしない訳じゃないけど、逆に怖くて見れないよ。
「まぁ万が一夜に何か見ちゃったら俺叩き起こして良いからね」
ホテルの部屋に着くと安心して少しぼけっとしてしまったけど、外はまだまだ明るい。ここから歩いて行ける距離に五稜郭があるはずだ。という事で俺達は、財布とか必要な物だけを持って五稜郭公園へと向かった。
外はやっぱり風が強くて冷たくて、春というよりは秋とか冬の気温みたいだ。俺も黒瀬君も自然と早足になってしまう。五稜郭公園に近付くに連れて、足もとに散らばる桜の花弁が増えてくる。昨日の夜、函館は雨だったらしい。一昨日ぐらいまではかろうじて満開を保ってたってテレビで言ってたけど、昨日の雨で少し散っちゃったかな…
「あれ五稜郭タワーじゃないですか?」
黒瀬君が言った。見上げると、結構近くにタワーが見えた。
「あ、ほんとだ。寒いから着いたらまずタワーの中入っちゃおうか」
「はい」
五稜郭タワーに着いて中に入ると、修学旅行生らしき学生達でいっぱいだった。全体的に見て中学生程幼くは見えないから、多分高校生だろう。それにしても、外の寒さから逃れられて室内は天国だ。
一階の土産物売場は修学旅行生で混んでるから、俺達は上の階に上って五稜郭を見下ろす事にした。チケットを買ってエレベーターに乗る。上ってる間、制服を着たお姉さんが機械的な声で五稜郭について色々説明してくれていたけど、殆ど頭に入らなかった。上の階に着いて、エレベーターのドアが開いた。降りて正面に少し進むと、ガラス張りの窓から五稜郭の綺麗な星形を見下ろす事が出来た。この階は、一般の観光客の人達がちらほら居るぐらいだった。
「すげー、めっちゃ星形。つーかまだ結構桜残ってる方じゃない?」
「良かったですね」
「ねー。でもちょっと怖いなこの高さ」
「部長っ」
「ん?」
いきなり呼ばれて黒瀬君の方を向くと、彼は俺に向けてデジカメを構えていた。俺は素直にピースをする。再び窓の外を見下ろすと、黒い点が沢山集まっていくのが見えた。修学旅行生だ。集まって並んではまた散らばる。また次のクラスらしき子達が集まっていく。どうやら集合写真を撮っているみたいだ。上から見てると、なんだか面白い。
しばらくすると、エレベーターからぞろぞろと学生達が降りてきた。この階も混んできてしまったから、今度は下に降りて外に出る事にした。外は寒いけど、せっかくだからあの星形の所に行ってみたいと思った。桜も近くで見たい。
公園内を歩く。やっぱり風が冷たい。風さえ止んでくれれば、多分そんなに寒くないのに。黒瀬君のシャツの裾が風に靡いている。彼は細いから、余計寒そうに見える。綺麗な桜を見ていても、寒さのせいで感動半減だ。
五稜郭の中心に、確か去年ぐらいに復元工事が終わって完成した箱館奉行所がある。気になったけど閉館時間まであと少ししか時間が無いから、また明日来る事にした。桜を見ながら公園内を少しぶらついて、お腹がすいてきた頃に近くのラーメン屋で塩ラーメンを食べてホテルに戻った。
ホテルの一階にはコンビニがある。俺達はここで明日の朝ごはんにおにぎりを買ったり、黒瀬君が「飲みませんか?」と言ったから俺も「いいねぇ」と言って少しのつまみと大量のお酒を買ったりした。俺はそんなに飲めないけど、黒瀬君が結構飲むんだ。
俺達の部屋は11階だ。エレベーターに乗り11階で降りる。ドアが開くとすぐ目の前に飲み物の自販機があって、その横に有料チャンネルを見るためのカードの自販機がある。そこを通り過ぎて、俺達は部屋に戻った。
「黒瀬君先にシャワー使っていいよ。湯船にお湯溜めても良いし。早く温まった方が良いよ。風邪引いちゃいそうだもん」
「あ、はい」
黒瀬君が風呂に入ってる間、俺は旅雑誌や地図をベッドの上に広げて、明日の予定を細かく考えた。少し経って黒瀬君が風呂から上がってきて、交代で俺も風呂に入った。そして俺が風呂から出た時には既に黒瀬君はビールを飲んでいた。俺が濡れた髪をタオルで拭きながらベッドに座ると、黒瀬君はさっき買って入れておいた缶ビールを冷蔵庫から取り出して、俺に渡してくれた。ビールを俺はちびちびと飲んで、黒瀬君はがばがばと飲んだ。そんなに飲んで明日は大丈夫なのかと普通は心配になるけど、黒瀬君はどんなに飲んでも二日酔いをしない。たまに俺の部屋で一緒に飲むようになったんだけど、いつも次の日はけろっとしている。不思議だ。そして黒瀬君は酔うと少しめんどくさい。動きが陽気になって、意味不明な行動に付き合わされる。めんどくさがらずそのノリについていけば、それなりに俺も楽しいんだけどね。今日みたいな日は特に、俺もはめを外しても良いかなと思った。
二人ともだいぶ酔いが回ってきた頃に、黒瀬君がビールを置いて俺の手を掴んだ。俺もビールをテーブルに置くと、両手を繋いで輪になりぐるぐると回った。こういうのは意味とか考えちゃいけない。楽しければそれだけで良いんだ。そして、酔って足もとが覚束ないせいで二人で崩れるようにコケた。明らかに隠れてる場所が分かるかくれんぼで、ひたすら知らないふりをして黒瀬君を探したりもした。カーテンに隠れていても、思いっきり足が見えてるんだ。直接黒瀬君に「あの、すいません。黒瀬君見ませんでしたか?」と聞くと彼は「いや、ちょっと分かんないですね」と答えた。それから、黒瀬君が急に部屋から出ていったと思ったらカードを買って戻ってきて有料チャンネルを見だした。アダルトのやつだ。この子滅茶苦茶だなと思った。
黒瀬君がテーブルにぶつかってビールを溢した所までは覚えてるけど、いつ寝たのかとか全然覚えてない。気が付いたら朝だった。とりあえずテレビを点けてチャンネルを色んな所に変えてみる。そして丁度天気予報をやってる所で手を止めた。
「今日も曇りか…」
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