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青いザリガニ
A

   (安東)

 俺は人として大事な物が欠けてるらしい。小学生の頃か、もっと前からかよく分かんねーけど、ずっと問題児扱いされてきた。何かやる度、身近な大人に怒られたり、親が学校に呼ばれた事も相当な回数あった。でも、俺には何がいけなかったのか、いつもよく解らなかった。
 俺に足りない物とは、『人を人と思う気持ち』らしい。基本中の基本で、これが無いと人付き合いは出来ないんだと。だから昔からずっと、俺の周りには人が寄り付かない。何が俺をこうさせたなんてのは多分無くて、生まれつき俺はこういう人間なんだと思う。だからといってこれで困った事も無ければ、悩んだ事も無かった。
 一回だけ彼女が居た事はあった。付き合って欲しいと言われて、別に断わる理由も無かったから付き合ったけど、結局すぐに別れた。「私の事全然好きじゃないでしょ」と言われた。実際それはどんな気持ちの事を言うのか、俺にはさっぱり解らなかった。正直、居ても居なくても同じだった。

 俺の前の席の早川は、男が好きらしい。この前桜庭達が話してたのがたまたま聞こえて知った。桜庭は部活の繋がりか何か、その辺はちゃんと聞いてなかったけど、まぁ何かしらで他校の奴と関わる事があって、その時そいつに早川がホモだって事を教えてもらったみたいだ。その他校の奴は、早川と同じ中学だったとか。それを面白そうに話してた。この話を聞いた桜庭の仲間達が、更に面白がって周りに話を広めてた。俺も好奇心が湧いた。何の変哲も無さそうな普通の奴だと思ってた早川が、そんな珍しい人種だったんだと思うとワクワクした。それで、早川観察を始めた。元々俺は暇な時によく人間観察をしてたんだけど、この標的を早川一人に絞った。するとある事に気付いた。早川が桜庭を見る異常な回数の多さだ。俺は『好き』という感情についてはよく解んねーけど、そうなのかなって何と無く思ったから本人に聞いてみた。そしたら本当に当たってたみたいだった。

 最近、周りから白い目で見られたり笑われたりする度、下を向いて制服のズボンのポケットの所辺りを握り締める早川を見てると、何だかよく分からないモヤモヤした物を胸の辺りに感じるようになった。最初は気にしてなかったんだけど、これは全く消える気配も無ければむしろ濃くなるばっかで、流石に無視出来ないレベルになった。常に胸焼けしてるみたいに気分が悪い。
 俺はこれを何とかするために考えた。まず、誰のせいなのか。早川を見ててこうなったんだから、やっぱり早川のせいか。いや、でも、ちょっと前までは早川を見てても何ともなかった。最近の早川がいけない。すぐに下を向く早川だ。でも早川をそうさせるのは早川を見る周りの目だ。これは俺も他人の事は言えねーけど。面白がってるのは俺も同じだからな。それで、こうなったのは桜庭の仲間達が早川がホモだって事をそこら中に言いふらしたせいで、元を辿れば桜庭のせいだ。早川がその辺を堂々と歩けなくなったのは桜庭のせいなのに、早川はそんな事なんて何も知らずに桜庭の事が好きなんだよな。これって如何なものだろうか。
 桜庭の事も考えてみた。小、中も一緒で、何回か同じクラスになった事もあった。親の職業までは知らねーけど、確か結構良い家に住んでた筈だ。親がすげー厳しいって話を聞いた事もある。そーいや中学ん時、同級生をイジメてたとこを見た事があった。そのイジメられてた奴、自殺しようとしたんだっけ。未遂だったけど。
 表向きはいい子ぶってたけど、嘘吐くのが異常に上手くて、何かある度それで免れてた。今でもそうだ。早川はその、桜庭の表の顔に騙されてんだ。
 別に桜庭に興味は無かったし、こういう人間も居るんだなぐらいにしか思ってなかったけど、何だか妙にムカついてきた。桜庭が発するドブくせー臭いに吐き気がする。早川は何であの臭いに気付かねーんだよ。
 ケータイの中には、桜庭の野良猫虐待現場の写真が入ってる。この前たまたま撮ったものだ。人通りの少ない道を歩いてた時、猫の異常な鳴き声が聞こえてきて、他の猫とケンカでもしてんのかと思って見に行ったら、そこに桜庭が居た。
桜庭は暴れる猫を無理矢理押さえ付けて、カッターで切り付けてた。何がそんなに楽しいのか分かんねーけど、桜庭はよっぽど猫イジメに夢中になってたのか、近付く俺に全く気付く気配が無かった。そこで俺は何と無く思い立って、ケータイのカメラでその光景を撮っておく事にした。撮れた写真は思いの外バッチリだった。桜庭の顔も猫にカッターを当ててる手元も、はっきり写ってた。だからって別にどうするつもりも無かったんだけど、動物虐待は確か法に触れた筈だ。ムカツクから、気が向いた時にでもこれを証拠に通報してやろうかな。あいつでもこれは流石に言い訳出来ねーだろうし、色々と困るだろ。


 (早川)

 ある日、安東はこれ以上無いぐらい有難迷惑な事をしてくれた。 放課後帰ろうとしたところを安東に引き止められて、俺は訳も分からず教室で待たされていた。

「ねぇ、もう俺ほんと帰りたいんだけど」
「まぁもうすぐ来るから待ってろって」
「誰がだよ」

 その時、ガラガラと戸が開く音がして、そこには桜庭が居た。教室内は俺と安東と桜庭の三人になる。

「早川君、話って何?」
「えっ…」

 俺は頭の中がパニック状態になった。安東を見ると、彼はニヤニヤ笑っていた。こいつ、やってくれたなと思った。

「俺部活行かなきゃいけないから、早くしてほしいんだけど」

 桜庭はいつも通り口調は優しいけど、少しだけ苛立ってる様にも見えて、俺は焦った。

「あ、いや、ごめん。何でもないよ。安東が勝手に…」
「言っちゃえよ。お前が言わねーんなら俺が言ってやろうか?」
「やめろってマジで」
「早川は桜庭の事が好きなんだって」

 マジで、言いやがった…
 桜庭は驚いた様な顔をしていた。頭が痛い。掌に嫌な汗が滲む。

「ち、違うよっ。そんな訳ないだろ」
「そうだよね。でも冗談でもやめてよ、気持ち悪い」

 さっきまでとは全く違う桜庭の冷たい声と眼差しに、空気が凍りついた。
 そんな…桜庭に嫌われたら、俺は…
 視界がぐらつく。立っていられなくなりそうになる。
 次の瞬間、何が起こったのか訳が分からなかった。鈍い音が響いたと思ったら、桜庭が床に倒れてグッタリしていた。安東が桜庭を殴り飛ばしたんだという事に気付くのに時間がかかった。安東はゆっくりとまた桜庭に近付いて行って、既に気を失ってる桜庭を更に殴ろうとしていた。桜庭を見下ろす安東の目は、人を見る目じゃなかった。そこにはただ、何処までも真っ暗な穴があるだけのような気がした。怖かった。初めて安東が怖いと思った。

「やめろよっ!もう良いって。もう良いから…」

 俺が叫ぶと、安東は動きを止めてくれた。そして顔を上げて俺を見ると、「なんで?」と言った。

「な、何でって、マジでやばいよ」
「何が」
「だからっ…これ死んでないよな、まさか」
「フッ、まさか。びっくりして気失ってるだけだろ。その内起きるって」

 安東は鼻で笑って言った。

「そんなの分かるのかよ」
「勘だけど」
「勘っ!?」

 呑気な安東を見てると、こっちは余計に焦ってくる。

「だいたい、大丈夫だったとしても暴力はまずいって。停学で済むかどうか…退学にでもなったらどうするんだよ」
「あぁそっか」
「あぁそっか、じゃないよ」
「それってさ、こいつより俺の事心配してくれてるって事?」
「はぁ?」
「まぁ大丈夫だって」

 安東の大丈夫には全く根拠が無さそうでただただ不安だったけど、桜庭は安東の言った通り、数分後にはちゃんと目を覚ましてくれた。そして安東に殴られた頬を痛そうに押さえながら、「こんな事して良いと思ってるのか」と言った。すると安東は、桜庭を連れて教室を出て行ってしまった。俺一人をここに取り残して。少ししてから安東だけが戻ってきて、「話つけてきた」と言った。

 次の日、桜庭は学校を休んでいた。でもそれ以外はいつもと何も変わった様子は無かった。安東は桜庭とどんな話をしたのか分からないけど、普通に学校に来てるって事は、桜庭が昨日安東に殴られた事をまだ黙ってるって事だ。この先言う事は無いのだろうか。それに思いっきりほっぺた腫れてたし血も出てたけど、大丈夫だったのかな。大丈夫じゃないから今日休んでるのかな。怪我の事聞かれたら…つか、絶対誰かには聞かれただろうけど、そしたら何て説明したんだろ。安東は、俺が何を聞いても「大丈夫」としか言わなかった。

 数日後には桜庭も学校に来た。頬の腫れはもうだいぶ引いていた。その後も、何事も無かったかの様に日々は過ぎていった。あの日の暴力事件は、夢だったのかと思うぐらいだ。


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