世界はキミのもんだ! 暖かいものが流れだした(ドイツ、イタリア) 「おい日本、いるか」 日本人にしては低い声が玄関の方から聞こえてきた。しかも、その言葉は流れるような英語である。聞き取れないから英語かは判らないのだけれど。異国語であることはまず間違いない。 ここ、日本さんの家には今は私しかいない。韓国さんとの会合で空けているのだ。 それに引率している父の言い付けで、私は空の家を留守番しているのだが。 (だ、誰だろ…日本語じゃないから、日本さんを訪ねてきた外国の方、かな…) 廊下の影から玄関を覗きながら、開けるべきか否か悩む。 日本さんの知人なら待たせるわけにはいかない。しかし、知らない方と顔を合わせるのは勇気のいるものである。 併せて、玄関のすりガラス越しに映る声の主の姿は、異国感バッチリのがっちりとした長身だった。普段小さく細い日本人しか見ていない私には恐怖である。 日本さんの役に立ちたい。でも恐い。 矛盾した気持ちに頭を揺さ振られる。 「ど、どうしたら…」 小さく洩らした声はまさか耳に入ったらしい。 「…誰かいるのか」 「!!」 動揺した私は一歩下がる。踵が棚に当たり、電話帳が派手な音を立てて落ちた。 嫌にその音が反響し、廊下に満ちる。 先程の呟きが聞こえたのだ、この音が聞こえないわけがない。 「誰かいるんだな。日本か」 驚きと焦り、恐怖で声が出ない。どうしたらいいのか考える馬力も切れ、その場にへたりこむ。 「失礼」と一言聞こえたと思えば、がら、と滑らかな音が玄関からした。 (鍵、し忘れてた…!) 確かめたつもりだったが、ちゃんと出来ていなかったみたいだ。自分の迂濶さに思わず涙が出そうになる。 玄関を開けた彼も驚いたらしく、暫く無言の時間が流れる。 しかし、何かを呟いた彼はそのままこちらに足を踏み込んだ。 何とか玄関からは見えない影にいるが、こちらまで来れば確実に見つかる。 もはや私の頭の中では彼が何者かはどうでもよく、とにかく見つからないようにとばかり思っていた。 きし、すぐ傍まで歩み寄って来たらしく、床板の軋む音が近付いている。 「…!!」 「何だ、やっぱりいるじゃないか」 ひょいと覗き込まれ、私は思い切り硬直した。 色素の薄い茶色の髪の毛に青の瞳。世界会議以来の異国の風貌に、息をすることすら忘れてしまう。 「悪かったな、勝手に上がり込んでしまって」 「え、あ…」 英語で話し掛けられるが、私には応えることは出来ない。 私が曖昧に視線を泳がせていると、その意味を理解してくれたのか彼は片言ながら日本語を口にしてくれた。 「日本はいるか?」 「い、いえ…今日は韓国さんと会合で…」 「む、そうか…」 何とか会話を成功出来たことに安心する。 しかしこれからどうすればいいんだ。 突破口を開こうと、珍しく、動揺しながらも自ら口を開こうとした瞬間である。 「ドイツー! 日本はー?」 トタトタと軽快な足音を響かせてこちらに現れたのは、二人目の外人だった。 長身の彼よりは濃い茶色の髪の毛で、一本だけくるりと癖毛のように丸まっている。日本さんと同じくらい小柄だが、とても活発に思えた。 薄い茶色の瞳と目が合った瞬間、その瞳はキラキラと輝きだす。 「日本人の女の子だあー!」 笑みを浮かべた彼は、唐突に私を抱き締める。そして、両方の頬に一度ずつ口付けた。 「!?」 「俺ねー俺ねー! イタリアっていうんだー!」 「イタリア、英語は判らないみたいだ。後、放してやれ」 「えー、そうなの?」 口付けられたことによって私の思考回路は機能を停止してしまった。 外国の方の挨拶は変わっていると日本さんから聞いていたが、これは変わっているというより、大胆過ぎるのではないだろうか。 「あ、あの…っ」 「ああ、俺はドイツ。こいつはイタリアだ」 事もなげに口にしたドイツさんは、座り込んでしまっている私に手を差し伸べる。 戸惑いながらもそっと手を重ねれば、力強くぐいっと引っ張られた。 「す、すみません…」 「いや…もしかして、お前は“桜”か?」 「え、はい…」 いきなり名前を言い当てられびっくりする。 「えー! 世界会議で迷子になってた子ってキミなの!?」 「そうです…」 確かドイツさんとイタリアさんは、日本さんと同盟関係にあったはずだ。ならば、世界会議にも出席していただろう。 恥ずかしさで赤面した顔を伏せると、ドイツさんが独り言のように呟く。 「迷子と聞いたからな…もう少し活発な女かと思っていたが…」 「おしとやかーってやつだよね!」 「そうだな。実に日本人らしい、綺麗な子だ」 英語で交わされた台詞なので意味は判らなかったが、二人が優しげに微笑んでいるのを見て、自然と私も笑顔になっていた。 暖かいものが流れだした (世界は共通したものもあるんですね) ――― ドイツさん出したかったんです。でもなんかぐだぐだしてるかも… [*前][次#] |