日も沈みかけ露店も店じまいを始める時間になり、俺らは一旦モビーへと戻ることにした。帰り道を歩きながら、ふとナマエが呟く。 「マルコ、ありがとな」 「なにがだよい」 「気を使ってくれたんだろ?俺が我慢してるんじゃないかって思って。サッチに言われたんだよ。あんまり何も求めないのも、不安がらせるから良くないぞって。分かってるんだけど今は本当にこれで満足なんだ」 夕日に照らされて、ナマエの顔が赤く染まる。 「マルコが俺と同じ気持ちだって言ってくれた。それだけでいい。俺はそれ以外はどうでもいい」 揺るぎないナマエの言葉に、俺の芯の部分が揺らされる。真っ直ぐ前を見る強い眼差し。どうしてそんなにもナマエは迷うことなく俺を想えるのか。ぎゅう、と胸が締め付けられ堪らず俺はナマエの腕を掴んだ。 「マルコ?」 ぐいぐいと引っ張るように早足で歩き出した俺に、ナマエが戸惑ったような声をあげる。 「…ここからならモビーの方が近いよい」 「え?」 「今日は入港初日でほとんどが町に出払ってるからねい。誰も邪魔しに来ないだろうよい」 俺の言わんとしていることを察したナマエの顔が、夕日に負けないくらい赤く染まった。 早く早く。早く帰りたい。ガキのように気持ちが急く。ああ、人混みを掻き分けるのが面倒だ。ナマエを抱えて不死鳥にでもなってしまおうか。そう思った時だった。 「ナマエさん?」 突如背後からかけられた声にナマエと俺が振り向く。 海軍か賞金稼ぎか、と一瞬だけ警戒したが、振り返った先にいたのは一人の小柄な女。武器など持てそうにもない細い腕に食品の入った買い物袋を抱えて、いかにも買い出し帰りと言った風情で佇んでいる。ただの町の女であることはこれ以上ないほど明らかだ。 「あっ……」 女の姿を捉えたナマエが小さく声を上げる。その声は話しかけてきたその女には届かなかったらしい。にこやかに笑顔を見せつつ「やっぱり。久しぶり」と近づいて来る。 返事を返すナマエの声は少し上擦っていた。それは彼を知らない者からすれば違いなど分からないほどの小さな変化。珍しく、ナマエは動揺していた。 「元気そうね」 「…ああ、久しぶり」 女を目の前にナマエは気まずそうに視線をさ迷わせる。ただの知り合いではない、という雰囲気に俺はこのままここにいていいものかと少し逡巡した。昔の知り合いを見かけたのでちょっと挨拶をした、というだけであれば俺が席を外すこともないのだが、明らかに女は「昔の知り合い」程度ではない雰囲気だった。 「…先、戻ってるよい」 掴んでいた腕を離し、どうにか絞り出すように出した声にナマエが「すまない」と俺の背中に告げた。 |