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問題も原因も分かっていても、解決方法まで分かるわけじゃねェのさ。

もう随分前にオヤジが俺に言った言葉を思い出す。
ナマエの抱える問題とは、ずっとあの態度や言動のことを指してるのだと思っていた。新入りに怖がられ距離を置かれる。そんなあいつの扱いにオヤジも困っているのだと。

俺は、色々と思い違いをしていたのかもしれない。俺の見ていた問題は表面的な物でしかなく、オヤジの指摘するそれはもっともっと見えない内側にあるんじゃないかと。


(海賊なんか嫌い、……か)
自室のベッドに仰向けに寝転がり天井の木目を見上げている内、いつの間にか夜が明けていた。途中ウトウトしたもののあまり眠れた記憶はない。
いつでもどこでも眠れるつもりでいたが、そうじゃない時もあるらしい。自分のことながら初めて知った。

昨晩あのまま話を終わらせるんじゃなかった。『それってどういう意味?』と一言聞けば、こんなにも考え込むことなど無かったかもしれない。
けどもし昨晩俺が食い下がって真意を尋ねても、きっとナマエは何も答えてはくれなかっただろう。
『聞かなかったことにしてくれ』と言うでもない。『口を滑らせた』と焦るでもない。
ただ、ナマエの中にある事実をそのまま俺へ伝えた。その事がむしろ、やんわりとした拒絶に感じた。


あれはどう言う意味なんだろう。嫌いだって思ってる奴ら相手に、あそこまで献身的に尽くせるもんなのか。
ていうかナマエだって海賊じゃねェか。海賊でありながら海賊が嫌い?いや、そもそも嫌いという言葉の意味を言葉の通りに受け取っていいのかどうなのか。

(……分からないのも当然か)

判断する材料が足りなさ過ぎる。生まれや生い立ち、オヤジの息子になった経緯。今まで経験してきただろう様々な事。そしてそこから培われただろう考え方や生き方。
そういうものを俺は全く知らない。

ただ、一つだけはっきりと分かっている事がある。


―――俺は、ナマエのことを知りたい。




朝飯の時間になり、俺はいつも通り弁当を持って船医室へ向かっていた。包みは2つ。ナマエと、俺の分だ。

今までは適当に渡して適当に食ってもらってというスタンスだったが、今日からは俺も船医室で3食食おうと思っている。
さすがに俺もここで食うってなればナマエも食わないわけにいかないだろう。そして、食ってる間なら否応無しに話ができる。
ナマエはおそらく歓迎しないだろうが、そんなことは無視だ。

船医室の周辺は、やけにバタバタと騒がしくナースが走り回っていた。ベッドは全て埋まり、入りきらない兄弟が何人も床に座り込んでいる。
普段と違う異質な雰囲気に思わず足が止まる。戦闘直後でなければ基本閑散としている船医室だ。なのにこれは一体どういうことだろう。

忙しそうにしている中に昨日のナースを見つけ、俺は邪魔にならないよう呼び止めた。
「なあ、これどうしたんだ?なんかあったのか」
「あったっていうか、」
「エース」
小声で説明しようとしたナースの声をナマエが遮る。視界に入ったその姿に、瞬間的に昨夜の出来事が重なった。

静かな笑み、寂しげな横顔、火のついていないタバコ、海賊なんか嫌い。
昨日のやり取りが全て夢だったんじゃないかと錯覚するほど、今目の前にいるナマエは普段通りのナマエだった。

「非常時だ。悪いが今は飯を食っていられる場合じゃない。すぐに状況を説明するから、マルコの部屋に隊長全員を集めてもらえるか」
「分かった」
用件だけを言うとナマエは部屋の奥へと戻っていく。うんうんと苦しげな唸り声を上げる兄弟たちの姿に『非常時』の言葉の意味を正確に理解した俺は、弁当を手にしたままマルコの元へと走った。


それからナマエがマルコの部屋に姿を見せたのは、隊長連中が集められてから小一時間後のことだった。表情は固く、それだけで事態の深刻さが窺える。

「……現在約100名程に、発熱、嘔吐の症状が出ている」
前置きなく話し出したのは、よほど時間がないからか。こちらからの質問や疑問は全て後回しにし、ナマエは現状分かっていることを報告し始めた。


事態が始まったのは昨日の深夜のこと。
最初に体調不良を訴えたのは5人。この時は特別深刻な症状には見えず、安静にして一晩休めば改善するだろう、そう思いとりあえず薬を飲ませ様子見のため船医室のベッドに寝かせた。
だが容態は改善どころか悪化する一方だった。しかし本当に問題なのはその後、朝方にかけて次から次へと同じ症状の者が押し寄せ始めたことだった。
さすがに『風邪が流行っている』では納得できないレベルの事態に、ナマエは別の可能性を探り出す。
彼らの共通点。何を食べ何に触れたか。彼らだけが踏み入れた島のエリアの有無。そもそも原因に接触したのは島に着いてからなのか、それとももっと前にすでに体内に蓄積されていたのか。
色々探る内、一つの仮説に辿り着く。

「症状が出ているのは昨日この島で海に入った者ばかりだった。そして皆一様に体の一部分、……もっと限定するならば水に触れる部分に発疹が見つかった。そのことから、海水浴中に何かに噛まれた可能性が高いと思っている。だがまだ何に噛まれたかまでは特定できていない」
持っていた書類を一枚捲り、ナマエは話を続ける。
「海に入っただけなら300人は超えている。リストを渡すから、自分の隊の人間が何人いるか把握しておいてくれ。既に症状が出ている者と、今後出る可能性がある者の名前が書いてある。彼ら全員が患者になるかはわからないが、最悪その規模まで拡大すると思って欲しい」
「300……」

ここまで大きな船だ。船内で風邪が流行ったり、なんて経験は過去いくらでもあるのだろう。しかしそれでも、300という数字は未知数らしい。
「多いな」と誰かが呟いた声は、俺の中の漠然とした不安をリアルな物へと押し上げた。
300ってなんだ。まあまあ大きな戦闘だってそんなに負傷しねェのに。


「これから俺とナースは処置にかかりきりになる。おそらく2週間程度発熱は続く。適切な処置を施せばその後徐々に症状が軽くなって、3、4週間でベッドから起き上がるくらいには回復するはずだ。だが、それもとりあえず似た症例と同じ処置を施しているだけで断定はできないし、発熱中は油断もできない。飛沫感染はしないと思うが、念のため極力船医室に近づくのは控えてくれ。……質問は?」
「その間のオヤジの診察は?」
「俺が指示を出して、ナース長が診ることになっている。診察内容は毎日報告を受ける手筈だし、オヤジにしわ寄せがいかないようにするつもりだ。オヤジにも既に話を通してある」
「食事はどうする?その状態じゃ皆点滴だろうけど、用意しておいた方がいい物はあるか?」
「それに関しては―――」


あまりに淡々とした報告業務に、俺は一人置いていかれてる気分になっていた。ナマエも他の隊長も、皆があまりに落ち着いているから、起きている出来事とその大きさをちゃんと把握できていないのかもしれない。

えっとつまり……?
たくさんの兄弟が今現在体調不良で動けなくて、それはもっと増えるかもしれなくて。
船にとって緊急事態で、しばらくナマエはそれにかかりきりで、完全に安心できるまでは少なくとも4週間はかかることになってて……?


自然と険しくなる表情を隠すように俯いた。俺一人が動揺しているのをそのままに、会議は順調に進んでいく。
船の現状は確かに大変だ。楽観視出来ないのも分かる。だが今俺が憤りを感じているのは、そこではない部分に関してだ。
昨晩ナマエの部屋を訪れた時に感じた気持ちと同じ。それは―――。


「他に質問は……ない、な。では俺から要望がある。マルコ」
「なんだよい」
「船を極力早く、人がいる町に入れて欲しい。ここに停泊したままでは何かあった時にすぐ対処出来ない。それに、近場の島なら最適な処置を知っているかもしれない。近海に島はあるか」
「最短で1週間程の距離に一つ。そこそこデカい町だ。縄張りじゃねェが……」
「それでも今は有人の島の方が助かる。それから、海賊や海軍と鉢合わせしても戦闘は避けて欲しい。今は怪我人にまで手が回らない」
「分かった。すぐ航海士と相談して航路を決める。戦闘は……今ダウンしてる連中の代わりに船を動かす方に人員割くこと考えると闘う余裕は正直ないだろう。運もあるから確約は出来ねェが、可能な限り避けられるよう考慮する」
「頼む」
それからいくつかの連絡を済ませ隊ごとの細かい役割を決めると、各々自分の持ち場へと戻って行った。




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