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09



太陽が真上に差し掛かる快晴の空の下、広いモビーの甲板では2番隊が1番隊を相手に模擬戦を行なっていた。
1番隊の守るエリアに2番隊が攻め入るという設定のそれは、一見するといつも通りの実戦経験を積ませるための訓練のように見える。
普段と違うのは、隊長であるエースが参加していないことだ。柵に腰を下ろし、自身の隊員たちの様子をじっと観察する目は真剣そのものだ。

「どうだ」
隣で同じように訓練を眺めていたマルコは、区切りのつく頃合いを見て口を開く。
「そろそろ、色々見えて来たんじゃないかよい」
「……うん」
訓練から視線を外さないまま、エースが静かに頷いた。


マルコの言う『色々』にはおそらく足りていないが、訓練の様子を観察している内に微かに見えてきた事がある。自ら率先して敵陣に斬り込んでいた今まででは気づけなかったことだ。
個々の隊員の能力、力の差。出来ることと、出来ないこと。どうして2番隊には負傷者が多いのか。
「違和感がある、気がする。何かが噛み合ってない、みたいな……」
自信なさげな内心が声に表れてしまった。しかし手探り状態の今はまだ、自分の考えに確信を持って口にすることが出来ない。
「前方にいる連中が闘いにくそうっていうか、個々の実力を考えればもっと出来るはずなのに発揮できてない、みたいな……。なんかちぐはぐさがあって、結果怪我が増えてる……?」
「ほう」
「……、と思う。多分」

徐々に俯き加減になりながらの言葉は尻すぼみになって行く。そして合否を求めるようにマルコを見上げた。

こういうものの正解不正解は、誰かから与えられるものではないとマルコは考える。が、今回は多少大目に見てもいいとも思う。
少なくとも、現状を改善するための何かを得ようと行動したことは評価すべきだ。たとえその回答が正解で無かったとしても。

エースが自ら進んで隊長としての役目を果たそうとしている。当然今までもそういう気持ちではいたのだろうが、より一層深く、面倒だと逃げていた部分に対しても真剣に。

「曖昧過ぎる。それはつまり、どういうことだと思う」
「どういうって?」
「問題の本質はどこにある?ちぐはぐな原因はなんだ?何をどうすれば解決する?」
「……。俺がもっと、隊長としてちゃんと指示したり出来るようになれば……」
「不可だな。具体的な答えじゃないねい」
「うーん……」
「お前一人の努力で改善するような事なら、最初から誰も問題視しないよい。ま、これ以上は自分で考えな」
「えぇ〜」
「答えだけを聞いたんじゃ意味がねェ。不正解でもいいから自分の頭使って考えろ。時間を使えるだけ使って答えを導き出せ」
不満そうな声を上げたエースの頭をぐしゃぐしゃと撫でると、マルコは訓練中の隊員たちに解散を呼びかけた。


難しい。簡単だと思ってはいなかったが、想像を超えて難しい。
原因。問題の、原因。何をどうすればより良い形になるのか。
(全く分かんねェ……)
むむ、と思わず眉間にシワが寄る。
俺が半人前だからじゃないかという理由は、マルコに不可と言われてしまった。2番隊の抱える問題は、隊長としての能力が上がれば改善することではないのだろうか。
しかし戦闘特化で組まれ、個々の力も申し分ないはずの2番隊で何が一番足を引っ張ってるのかと言われれば、やっぱり新任隊長である俺以外ないんじゃないかと思う。

「しかしどんな心境の変化だよい?」
「ん?」
隊員たちが持ち場へ戻って行く様子を眺めながら、マルコがエースに尋ねた。
「問題自体指摘されてはいたが、追い追い考えて行こう程度に考えてただろ?」
「んー、うん、まあ」
「昨日までそんな素振りも無かったのに、それが今朝になって急に『問題点を洗い出したい』だからねい。一体何があったんだと、こっちにしてみりゃ思うわけだ」
「何がって……別に何もねェよ。ただ、面倒だからって後回しにすんの良くねェなって思って」
「……ま、いい心がけだねい」
「んじゃ俺、そろそろ行くよ。サッチに訓練終わったら厨房来いって言われてんだ」
「おう」
マルコに軽く手を振り、俺は甲板を後にした。


俺、今なんで誤魔化しちゃったんだろ。
通路を歩きながら自問する。自分が咄嗟に取った行動に自分で疑問を持つなんて初めてかもしれない。
別に隠すような事じゃないはずだ。けどなんとなく、『これ』は自分一人のものとして取っておきたいような気がしている。

昨日起きたばかりの、負傷した仲間が緊急で運ばれて来た一連の出来事。あれが、俺の中にあったナマエに対する印象を大きく変えた。
厳しいことばかり言う嫌な奴、言われる側の事を考えもしない偉そうな奴。そういう様々なマイナスのイメージばかりだったのに。


―――大丈夫だ、絶対助ける。


あの声、言葉、治療する姿。
それらを思い出すと、未だに妙な高揚感を感じる。無意識に握っていた拳に力が入るような、思わず前のめりになり、グッと誰かに強く胸を押されているような、そんな感覚。
それは、あんなにも苦手に思っていた以前の気持ちを、スッキリと、何もかも洗い流した。

ナマエに対する気持ちがまっさらになった後思い出したのは、彼が指摘した2番隊の問題だった。あんなに頑なに拒否していたナマエの言葉が、今は不思議と受け入れられている。
同時に思う。俺は、ナマエの人となりをどうこう言える程、自身のやるべき事をこなして来たのだろうかと。

隊長の自覚が足りない。隊長としてやるべき事を全うしていない。

ナマエが苦手だから彼の意見を聞かないなんて―――そんなのは、あまりに幼稚だ。





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