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新たなる朝




「あーさむさむ……」

体に巻き付けた毛布を手繰り寄せ、俺は冷えた指先に息を吹き掛けた。

吐く息が白い。耳がキンと冷える感覚。雪でも降りそうな寒さだと思うが、上空は雲ひとつないきれいな星空だ。

水平線に広がる海は真っ暗で、どこまでもどこまでも、果てすら無いかと思える程見渡す限りの暗闇だ。吸い込まれそうなそれにぶるりと身震いし、俺は手元の灯りに油を刺した。



一年の内のただの一日でしかないのに、今晩から明日にかけては少しだけ特別な朝になる。

(去年までは夜通し宴だったっけなあ)

目を閉じ思い出す。宴が好きな船だった。皆酒好きで口実なんてなんでも良くて、こじつけては宴に興じていた。

懐かしい、この一年で自分を取り巻く環境は一変してしまった。去年の今頃はまだあの船があったのか。普段は気にも止めないが、こういう節目の日は色々と思い出してしまう。本当はいちいち振り返らない方がいい事も分かってはいるのだけど。



「ナマエー」

パタパタと小さな音が聞こえ振り返ると、不死鳥姿に変化したマルコが見張り台へ降り立った。

「あ、コラ。ダメだろ」

「オヤジが飛んで持ってけって言ったんだよい」

「ニューゲートが?」

全く、ニューゲートはマルコに甘い。基本的に非常時以外は獣化してはいけない、とマルコに約束させているのだが、おそらく今日だけは特別という事にしたのだろう。いつもだったら寝ているはずのマルコが起きてるのも、見張り台に上がるのも許してるのもきっとそういうことだ。

「これ、オヤジからよい」

「ん?」

マルコの抱えるバスケットの中には、暖かい飲み物の入ったポットと小さな酒瓶が入っていた。

「飲んで暖まっておけって」

「………」

「?」

どうしたの、という問いに首を振るが、一瞬表情が曇ったのをマルコは見ていたらしい。小さく首を傾げ疑問を口にした。

「ナマエ、お酒嫌い?オヤジはお酒大好きだけど、ナマエはあんまり飲まないねい」

「あ、いや、嫌いってわけじゃねェんだけどさ」

思わず口ごもる。ああ、口ごもったらあからさまかな。好きじゃないと言えば良かったかもしれない。だけどどんなに小さなことだったとしても、マルコに嘘を吐きたくはないと思ってしまう。

「マルはお酒好きじゃないよい。変な味で変なにおいー」

「……、ん、でも貰うよ。せっかく用意してくれたんだし」

受け取った瓶の栓を開ける。マルコの前でラッパ飲みはアレかな。そう思いバスケットを探ると、中にはカップが2つ入っているのが目に入った。ん?2つ?

「マルコはまだ寝ないのか?」

「さっきまで寝てたけど、はつひので見るよい!見るまで寝ないよい!」

興奮気味のマルコは、まだ辺りが暗い時間帯にも関わらず元気一杯だ。ふんふんと鼻息荒く気合いを入れる。しかし見張り台の寒さを考慮できなかったらしく、冷たい風に「くしゅん」と小さくくしゃみをした。

「ほら、ここ入れ」

俺のくるまる毛布の裾を捲り上げ、中に入るよう促す。残念な事に俺一人で見張り番のつもりだったため、ここには二人目用の毛布など用意していない。もそもそと毛布に入り込んだマルコは、襟元からズボッと顔を出すとニコリと微笑んだ。

「寒くないか?」

「へいきよーい」

そのままマルコはぐるりと体を反転させ、胡座をかいた俺の足の上に座ると見張り台の外に広がる海を眺めた。

「夜の海は暗いねい。何も見えないよい」

「そうだな」

「ナマエはいつもここで何してるのよい?」

「何って、見張りだよ。俺もニューゲートも寝ちゃったら船が完全に無防備になるだろ?気づかない内に接近されて襲撃、なんてのは絶対に避けたいからな」

「ふーん……」

ポットの中身を注ぎ、マルコに手渡す。甘めのホットミルクは最初からマルコ用に作られたもののようだ。息を吹きかけ冷ましながらホットミルクを飲むマルコを見下ろしながら、俺も酒に口をつけた。

「そういや飛ぶの安定してたな。もう高いの怖くないか?」

「怖くないよい。楽しいよい」

「そうか。いいなあ」

悪魔の実が欲しいわけではないが、マルコの能力はちょっとだけ羨ましい。飛行訓練の様子を下から見上げていると、翼が風を掴んで広がり自由自在に昇ったり下りたり、それはもうとても気持ち良さそうなのだ。空を飛べるというのはそれだけで羨望に値する。

じっと俺の顔を見つめ何やら考えていたマルコが、次の瞬間パッと表情を明るくした。良いこと思い付いた、そんな顔だ。

「そしたらマル、ナマエ乗せて飛んであげる!」

「おー、ありがとう。でも俺の体重じゃマルコを潰しちまうなあ」

「じゃあマルが大きくなったら!いつか絶対!約束よい!」

「そうか。楽しみにしてる」

いつか、か。マルコの言う「いつか」がどのくらい先を指してるのかは分からないけど、いつか本当にそんな日が来ればいいなと思う。実際に背中に乗せて飛んで貰えるかどうかは別として、成長したマルコと「そんな約束をしてた事もあったな」と笑い合えたらとても幸せだ。



酒を一口含む。久しぶりのアルコールに喉元が熱くなり、なかなか飲み進めることができない。ニューゲートがわざわざ酒を、しかもマルコに持ってこさせたあたり、俺が意図的に酒を口にしないようにしてるのはバレてるんだろうな。そして多分、その理由も。

「全く、敵わねェなあ……」

「……たいへんよい……、ナマエが緑色でながいよい……」

「どういうことだ」

いつの間にか眠っていたマルコの寝言につい返事をしてしまった。返事しちゃダメなんだよな、確か。なんでダメなのかは知らないけど。



日の出まで起きてると豪語していたがやはり小さな子供には難しかったようだ。まだ眠いのに無理に起きたんだろうなあ。

マルコの顔にかかる前髪を払ってやると、金色の髪が微かに光っている。へえ、マルコの髪は光が当たると光るのか。そう思った瞬間、ハッとして顔を上げた。



「マルコ、起きろ。陽が昇るぞ」

「………んあっ」



半分眠ったままの顔をしたマルコを抱え立ち上がる。遮るものが何もない水平線に一本の光が横切り、深い青だった空が徐々に白く明るくなっていく。

島を照らし海を照らし、そして俺らの船が照らされて太陽がゆっくりを姿を現す。寒さすら忘れ、目映い光景に目を細めた。マルコを見ると、瞬きもせずにじっとその景色を見つめている。そして太陽が水平線から完全に離れると同時に、マルコが小さく感嘆の息を吐いた。



「……マル、オヤジに助けてもらえて本当に良かったよい」

小さく呟くような声だった。視線はまだ外の景色へと向けられていて、その横顔は子供らしからぬ雰囲気を醸し出していた。

「すごいよい……」

それはたった一言なのに、マルコの様々な気持ちで溢れていた。そして俺もまた、見慣れたはずの陽が昇るこの景色に、全くの新しい物を見たかのような感覚を覚えている。



(今年はマルコにとって良い年になりますように)

確か日の出に向かって拝むんだっけ。マルコを抱えてて手を合わせられないから、心の中だけで静かに祈る。

(それから船にとってあんまり大変なことが起きませんように船医が仲間に入りますように船医じゃなくても成人した仲間が増えますようにニューゲートの無茶がちょっとは収まりますように……!!)

「ナマエ?」

「ハッ」

なんかすごい必死になってしまった。キョトンとした顔で見つめるマルコに、「なんでもない」と首を軽く振る。

「さて、そろそろニューゲートも起きてくるはずだし、朝飯の準備してくるか。マルコは飯まで寝とけ、眠いだろ」

「全然眠くないよい!マルも準備手伝う!」

俺の腕からすとんと下り毛布の中から這い出ると、マルコはカップをバスケットの中に仕舞い始めた。しかし突如「あ!」と小さく声を挙げると、改まった様子で俺へと向き直る。

「ナマエ、明けましておめでとうよい」

「おう、おめでとう」

ペコリと下げられた頭にこちらも同じように頭を下げて挨拶を返す。慣れないお辞儀にいつ体を戻したらいいものか分からない。しばらくその姿勢をキープした後恐る恐る顔を上げると、丁度同じタイミングで顔だけを上げていたマルコと目が合った。

思わずお互い吹き出して、そして見張り台が笑い声に包まれる。

きっと今年は良い一年になる。なんとなく、そんな気がした。





End.





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あきゅろす。
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