もしそれが、 「ハルタの持ってきた情報だぞ!?デマなわけねェじゃんか!」 ―――なんていうハルタを思う気持ちから来る言葉であれば、そういう男なんだろうと思うことができた。純粋で疑うことを知らず馬鹿正直で、盲目的に仲間思いな奴なのだろうと。 しかしそうではない。彼が決して、そこまで何も見えていない男ではないことを俺は知ってしまっている。
ああ、そうだ。その可能性は見逃していたと認めよう。ハルタがナマエを疑う発言をした瞬間から、意図的に意識の外に追いやっていた。だがそうでなかったとしても、誰が真っ先にそんなことを考えるだろうか。 もし『それ』を疑い出したらこの海賊団が成り立たなくなってしまう。俺らはオヤジを慕い集う、オヤジは誰であっても受け入れる。そいつがどこの誰かなど決して詮索することなく。 来る者の素性をいちいち洗うなんてことを、オヤジは決して許可しないだろう。もしそれが当たり前になったりなどしたら―――、今まで確かに築いてきたこの海賊団の根幹を成す様々な物が、オヤジが何より大事にする物が根っこから崩されてしまう。 それも見越した上での事であれば、よほどうちのことを調べ尽くした上でのことだろう。「やられた」と言う他ない。
大きく広げた翼を仕舞い、必死な形相で信号を送るハルタの横に降り立った。多くの兄弟たちは一体何が起きているのか把握できていないようで、しかし確実に平常とは違うことは察知しているのか甲板は混乱に包まれている。 「帆を畳め!面舵取り舵どっちでもいい、島から離れろ!絶対に港には入るな!」 俺の声に大きく返事を返し、何人もの新入りが帆を畳みに走る。その姿越しに見える夜の海に、見知らぬ船が何隻も現れた。徐々に増えるそのシルエットに、両手では足りないその数に無意識に舌打ちが溢れる。 ああ、行動が早い。さすが、間者がいて色々筒抜けなだけはある。 「思ったより数が多いねい」 「マ、マルコ!どうしよう、俺……!」 「ハルタ」 「こんなことになるなんて思ってなかった、だって、一刻も早く医者が見つかればいいって、」 「ハルタ!」 バンと両肩を叩き落ち着かせる。甲板を見渡すが、俺以外の隊長連中は誰もいなかった。 「俺が島へ行ってから起きたことを説明しろ。お前が把握してる範疇でいい」 「………」 「……アルヒはどこにいる」 何も言わないハルタにそう問うと、彼は一瞬目を見開き驚きを露にした。その顔はすぐに泣きそうに歪められ、ゆっくりと小さく首を振る。 「わ、分かんねェ」 分からないというのはおそらくは本当で、しかし全く何もかも分かっていないというわけでもないのだろう。アルヒの名前を出した瞬間の様子から、おそらくハルタも察しがついている。 「ハルタ、言え。分かってる限りでいい。船が落とされるかどうかの瀬戸際だ。悪いがお前の感情を尊重してやる時間も余裕もない」 ハルタが彼をどう思っていたのかは知っている。同期で気の合う、一番の親友。彼ら二人がセットでいる様子を俺も良く目にしていた。そのハルタにこんな内容を報告しろなど酷なことも分かっている。 だがもう事態は切迫している。今はもう一秒だって惜しいのだ。
「―――逃げられちまった」 声をする方へと顔を向けると、どれ程全力疾走したのかリーゼントが酷く乱れたサッチが甲板へ戻ってきていた。その後ろにはイゾウもおり、同じように忌々しそうに顔を歪めている。 「逃げた?」 「うちの小舟が一隻なかった。あいつの部屋ももぬけの殻。……オヤジも今、」 「オヤジがどうしたよい」 「……昏睡状態。睡眠薬盛られたらしくて、ナースも一人気絶させられてる。ドクターたちが対応してて、とりあえず命がどうこうってわけじゃねェそうだ」 「すまない、俺らが気づくのが遅かった」 深々と頭を下げ、イゾウが悔しそうに歯を食い縛った。
サッチたちの話では、異変が起きたのは俺が島への偵察に発った直後だったらしい。 俺を見送った後、数人の隊員に甲板での見張りを任せ、他の者は各々の役割のため船内へと戻っていた。程なくして勝手に動き出した船に見張りの者たちがメインマストへと足を運ぶが、そこにいた別の隊員が「アルヒが広げてましたよ」と平然と報告をする。 帆は畳んだままにしておけと言われていた気がする、小さな違和感をそれぞれ感じたが、帆を広げるアルヒの様子がこそこそするでもなく逃げるように立ち去るでもなく、あまりに堂々としていたせいで「自分等に報告が来ていないだけで、隊長からそういう命令をもらったのだろう」と勝手に納得してしまった。 その後停止しているはずの船が動いていることに気づいたジョズが甲板に出て状況を把握し、ナースが倒れていると報告を受けたサッチがオヤジの元へとかけつけ、そしてようやく誰かが船内を荒らしているのだと認識した。 時間的にはたいした遅れではなかったかもしれない。しかし、アルヒが事を起こしここから脱出するには十分すぎた。
「―――荒らすだけ荒らしてトンズラか」 たとえば最近大きな戦闘もなく隊員全体がダレ気味だったこと。オヤジの件が新聞に載ったことで、どこか浮き足立っていたこと。俺が危険を訴える程、周りはそれを感じていなかったこと。隙はいくらでもあったのだろう。 課せられた役目をきっちりこなして、自分の身はすでに安全圏。称賛してやりたいところだ。敵でなければ。 「今ジョズたちが念のため手分けして船内洗ってる。……なあ、マルコ」 先程よりも更に青ざめた顔で、ハルタが口を開いた。 「俺アルヒに、町で誘われたんだ。良い情報屋知ってるって。ちょっと値は張るけど信頼できる奴で、そこで色々仕入れて、俺らでオヤジ助けてやろうぜって」 「……ハルタ」 「俺、オヤジが新聞に載ったことで愚痴ってて……そしたら、アルヒが『ナマエってやつ怪しいよな』って言ったんだ。でもあいつの言ったこと説得力あったから、ああ確かになるほど怪しいな、そいつが俺らのこと売ったんじゃねェのって……。なあ、もしかして俺、……まさかアルヒ、最初から」 「……っ、」 ハルタの声を掻き消す爆音が鳴り響く。大きく傾く船、咄嗟に踏ん張り転倒は免れるが、状況は悪くなる一方だ。
モビーの船首を外へ向けることに成功はしたものの、さすがに包囲を降りきる程船は俊敏には動けない。俺らを囲むようにずらりと海賊船が迫っている。カンカンと警鐘が鳴り響き、敵襲の合図に皆の顔が一瞬の内に引き締まる。その音を聞き船内にいた者も飛び出してくるが、その表情は一様に酷く険しいものだった。 「マルコ!戻ってたのか」 「悪い、俺らがもっと気を張っていれば……」 「……誰に責任がとかいう話は全部後回しにするよい。この状況をどうするかが最優先だ」 再び撃ち込まれる大砲。それはモビーのすぐ横に落ち、大きな水しぶきが上がる。大砲がギリギリ当たるかどうか、そんな距離をキープしたまま敵船は全く近づいてこようとしない。背後の陸からも、隠してあったのだろう砲台から弾が撃ち込まれ始めている。
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