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09




「……ハルタ、アルヒ」

責めるように呟くと、あわあわと動揺するアルヒを他所に、床に這いつくばったままのハルタはムッと頬を膨らませた。

「だってどうせ俺ら下っ端は話し合いに参加さしてもらえねェんだもんよ!」

「ハルタ、やめろよ」

「いいんだよ、今さら取り繕ったってしょうがねェだろ?」

二人のやり取りを聞く限り、会議に乱入する気満々だったハルタを止めようとしてアルヒが巻き込まれた、といったところか。いや、しかし制止する言葉をかけるアルヒもちらちらとこっちを見て、色々聞きたそうな顔をしている。

「別に禁止してるわけじゃねェよい。ただな、大人数で話し合った所でまとまるもんもまとまらねェだろう」

「でも俺らだってこの船の一員だ!オヤジの息子だ!決まったことを聞かされるだけなんて嫌だ!それに俺、どうしても言いたいことが……!」

「言いたいこと?」

聞き返すと、床から立ち上がったハルタが挑むような目で見上げてきた。ただ会議の内容が気になるというだけで聞き耳立ててたわけではないらしい。



ハルタは、一度部屋をぐるりと見渡した。その表情はどこか険しく、その『言いたいこと』とやらはどれだけ覚悟がいる発言なのだろうかと俺らは一様に身構える。

「……ここ最近、海軍とも海賊とも接触していないよな」

「そうだねい」

「最後に島に降りたのは?2、3週間くらい前だよな?」

「……そうだねい」

「オヤジの体って基本的には俺らしか知らねェはずだよな?医者探しだって誰が病気なのかってことは伏せてたし、情報集めに出向く時だって顔が割れてねェ奴に行かせてたんだよな?」

「………ああ」

「記事になったタイミングが『今』って、おかしくねェか」

ハルタが何を言わんとしているのか、なんとなく予想できてきた。ハルタが言葉を重ねる度、自然と眉が寄っていく。「言いたいことがあるなら言わせたら良い」、そう思いはしたが、それはもしかしたら口にしてはいけないことかもしれない。



最初にオヤジが倒れてから4年。4年間もの間、ずっと隠し通せて来たのだ。それがどうして今、誰とも接触していないこの時期に、このタイミングで。それは、オカシイんじゃないのか。不自然なんじゃないのかと。つまり、それは。



同じようにハルタの様子から不穏なものを察したサッチが、ハルタを遮り口を挟んだ。

「お前、何考えてる」

「……」

視線が自分に集中していることにハルタは一瞬怯んだ様子を見せたが、直ぐ様顔を上げ今ここにいる全員が考えている予想を否定した。

「言っとくけど、俺は仲間を疑ってなんかいねェ」

「じゃあなんだ」

俺の問いに、一瞬気まずそうに視線を反らす。おそらくハルタ自身も、これ以上は言っていいのか迷っていたのだろう。しかしここまで言ってしまった以上、もう後戻りはできない。指先で自身の服を弄り言い淀んでいたが、意を決したように口を開いた。



「一番怪しいのがいるじゃんか。昔うちにいたやつが情報を売ったって可能性だって十分ある。いや、むしろそっちの方が高いだろ」

「それこそありえないよい」

「どうして断言できるんだよ?」

自分の意見をなかなか曲げない頑固なところがあるハルタだが、こんなにも押し通そうとするのは初めてだった。それだけこの意見に自信があるのか、それとも。

「かつてここにいた奴等も含め、全員心から信頼できる兄弟たちだ。いくら船を降りた後だからって―――」

「よく話題に出てるよな、ナマエってやつが」



ピシリと、部屋の空気が凍った気がした。まさかこんな風に、こんな流れでナマエの名を耳にするとは想像していなかった。動揺より先に、俺の中からは怒りが込み上げる。

「………おい」

微かに殺気を滲ませる俺の様子に、アルヒが「やめろよ!」とハルタの肩を叩く。しかしそれすら振り払い、ハルタは食いかかるように先を続けた。

「だっておかしいだろ!生きてるんだとしたらなんで何の音沙汰もねェんだよ!帰ってくる兆しも見えねェ!マルコも『もうすぐ帰ってくる』って、そればっかり言ってもう何ヵ月経ったよ!?」

「……」

「マルコたちはそいつのこと信頼してるんだろうけど、俺らはそいつのことを知らない!そいつがここでどんな風に過ごしてたのかも、本当に信頼に足るのかも!4年も経てば人は変わるぞ!金が無くなりゃ仲間だって売る、兄弟の契りなんか平気で裏切る!そいつがそれをしない保証なんてないだろうが!」

「ハルタ!」

サッチの制止する声。ガタリと立ち上がったのはジョズだろうか、イゾウだろうか。しかしそれらより先に、緊迫した空気に水を指すようにデスクの上の電伝虫が声を発した。今はそれどころじゃねェのに。内心舌打ちしながら、無視するわけにもいかないその受話器を取る。

『マルコか?俺だ』

「……スクアード」

電話口から聞こえた声は、待ちに待った相手だった。しかしこのタイミングでの彼からの着信は、ひどく嫌な予感を俺に与えた。



「船は戻さない」と決めた日、俺は傘下の船の一つであるスクアードに件の島の様子を見に行ってもらえないかと頼んでいた。相当な距離を逆走しなくてはならないことに多少の難色も示したが、こちらの事情も知る彼らは「まあ、どうせ元々目的もない船旅だし」と引き受けてくれた。

海賊の被害を受けた島の様子、海軍がいるかもしれないこと、そしてナマエの安否と所在。彼らに危険が及ばない範疇で、何か分かったらすぐに連絡が欲しい。それが、俺が彼に頼んだ全てだ。

スクアードらがナマエのいる島へ向かって半年。そろそろ何かしら掴んでいるんじゃないかと思っていたが……。



この雰囲気をどっちに転がしてくれるのか想像がつかず、良い知らせであって欲しい、そう願いながら俺は先を促した。

『手短に結果だけを報告する。島の被害は半壊。自警団もいたから、襲ってきた海賊に対してある程度は抵抗出来たらしい。海軍はすでに島からは引き上げていた』

「……それで、」

『………。本題だ。ナマエという人物は、島にはいない』

「……」

『騒動の最中、いつの間にか島から姿を消していたらしい。ナマエを知る町の者何人かに直接話を聞いたが、誰も彼もいついなくなったのか分からないと言っていた。その後の消息は掴めていない』



―――半年。

調査に間違いがないなら、ナマエは半年以上前に島を出立したことになる。そんなにも長い時間があったのに、何故今、モビーに追い付いていない?何故連絡もなにもない。

途中で何かトラブルが……?いや、海賊同士、もしくは海軍相手のゴタゴタならば、白ひげの一員で尚且つ賞金首でもあるナマエの存在が利用されないわけがない。つまり今現在俺らに何の連絡も来ていない段階で、ナマエはトラブルに巻き込まれたわけではない可能性が高い。



(―――つまり、自らの意思で、追い付いてきていない……?)



目の前にいるハルタの目が、「やっぱり」と訴えている。サッチやジョズ、隊長達はそんなはずはないと首を振り、俺の想像を否定する。

ナマエがオヤジを、俺らを裏切るなんてあるはずがない。あるはずがないのだが。



真っ白のシーツにインクが落ちるように、じわりと黒い染みが広がる。まだ大丈夫、まだ待っていられる、そんな自信が足元から崩れそうに揺らいでいく。

4年。今改めて、離れていた時間の長さを思い知る。もし俺らがずっと共に居れば、こんな疑惑など笑い話にしかならないはずだ。そもそもこんな疑惑がかけられることだってあり得ないし、こんなことで不安に思うことだってなかったはずだ。



しかし「あり得ない」と一言で済ませるには、あまりに。

……あまりに、離れている時間が長すぎた。





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