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89(完)




さっき見たパウリーの姿。胸ぐら掴まれた俺に駆け寄るパウリーの様子。俺は、以前全く同じものを見たことが無かっただろうか。



あれはまだパウリーと付き合っていた頃、俺が初めて依頼人の応対をした日のことだ。コーヒー屋のおっちゃんが来客時の様子を勘違いし、「ナマエが絡まれてる」と慌てて駅までパウリーに報告しに行った、なんて珍事件があったのだ。

しかしそれは勘違いでしかなくて、何事もなく帰路についていた俺と、駅から走ってきていたパウリーが鉢合わせして、……ああ、そうだ、ハッキリと思い出せる。あの時の映像が、鮮明に目の前に甦る。



パウリーが、なんとも表現できない程の必死な、焦燥に溢れた顔をしている。額には大粒の汗をかいて、全力疾走した直後のように息を切らせて。焦りからなのか心配からなのか、その顔は怒っているとも泣きそうともとれる複雑な表情だ。



―――あの時だって俺はブレてた。



パウリーの言葉が再び思い起こされる。しかしそれは、前回とは全く違う感情を俺に与えた。あの時と、さっきのパウリーは同じだった。同じように慌てて焦って、そして俺を助けようと本気で走ってくれた。俺が殺されるんじゃないかという状況に、あんなにも必死に駆けつけてくれた。



月明かりに照らされて、パウリーが光り輝いて見える。パウリーが好きなのだと初めて気づいた時と同じだ。キラキラと眩い、この人が俺にとって特別であるという証のように、パウリーにだけ俺はこんなにも意識が向かう。

俺の様子から何かを察したのか、真剣な面持ちで一度座り直したパウリーは、少し俯き視線を下げるとおもむろに口を開いた。

「……俺は、頭悪ィし学がねェし船造るしか脳がねェし、思い込み激しいし、……決めたら他のこと目に入らねェみたいなところもあるし、今回俺がやっちまったことは、俺自身振り返っても最低だった。本当に悪かったと思ってる」

「……」

「けど俺はそういうつもりじゃなくて……、いや、つもりじゃなくてもやっちまった事はやっちまった事でちゃんと頭下げなきゃいけねェんだが、お前の部屋でのことを思い出すと、やっぱり楽しかったって言う記憶しかねェんだ、俺には」

「……うん」

「だから、俺は……、おま、……、もし許してくれるなら、お前を、お前が、」

見る見る内にパウリーの顔が赤く染まる。口を開いては閉じ、閉じては開いてを繰り返すが、そこからは何も言葉が出て来ない。

それでも俺には、パウリーが何を言いたいのかが伝わってきた。そしてパウリーが、そういうことを口にするのを不得手としていることも。「いいよ、無理に言わなくても分かってるよ」、そう言おうとした俺の言葉をパウリーの大きな声が遮る。

「ああ!グダグダ言うの俺らしくねェ!」

ガシッと俺の肩を掴み、パウリーが不意に真剣な表情を見せた。



今日は本当に大変な一日だった。パウリーと言い争いして、走って逃げて危ない目にあって。しかしそれらを優に越える程の出来事が、怒りも悲しみも恐怖すらも簡単に飛び越えてしまえるだろう最高の言葉が、今パウリーから……。



「ナマエの飯が旨くてお前以外のが食えなくなった。責任とって一生俺に飯を作れ!」

「……」



あまりに予想外の言葉が耳に届き、思わずぽかんと口を開けて呆けてしまった。良い雰囲気だったはずなのに、それを全部ぶち壊すほどの破壊力。

あれ、そういう話だったっけ?もっとストレートに伝わる言い方がいくらでもあるだろうに、わざわざ選んだのがそれ?

「………」

「………」

しかしパウリーは、今までみたことない程真剣に俺を見つめている。俺がどういう決断を下すのかを、神妙な面持ちで待っている。パウリーがふざけていないことは誰の目からも明らかだ。



一生、飯を作る。そうか、一生か。



「……ふっ、」

「……?」

「ふふっ、あは、あははは」

堪えきれずに、俺は笑い出してしまった。一言好きだって言ってくれるだけでも、俺はきっと喜んで頷いただろうと思う。そこを一生だって。すごいな、人によっては「私は家政婦じゃない」って怒り出しそうだ。こんな告白100人中99人が「ないわー」って言うだろう。100人中のたった1人、―――俺にしか効果ない。



想像するのは、俺の部屋。今よりもっとパウリーの私物も増えて、リビングにはギャンブル雑誌とか工具とかが置かれていて。日当たりの良い窓際にテーブルを置いて、俺はそこにキッチンから料理を運ぶのだ。

対面の席にはパウリーが座っていて、「今日も旨そう」って言ってくれて。でもたまに俺は新しい料理に挑戦して失敗するんだけど、「これはこれでイケる」なんて言って笑い合って。

一生、パウリーとそんな風に食卓を囲めるのだ。

「……そんなの嬉しくないわけがない」

パウリーの胸に飛び込み背中に腕を回す。ぎゅうっと抱きつかれてわたわたと慌てたパウリーは、俺が全く離れそうにないのを知るとおずおずと同じように背中に腕を回した。



きっと、パウリーとの間に起きたことを無かったことには出来ない。あの時流した涙も痛む胸も本当のことだし、この先辛く思い出すこともあるだろう。

だけど、そうだったとしても俺は、パウリーと共に過ごせることを選びたい。パウリーも俺を選んでくれた、そのことを何より大事にしていきたい。



改めて思う。初めて会った時から今までの、どの瞬間よりも強く今。

君が好きだ、と。





End.





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あきゅろす。
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