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「うーん……」



彼らの後ろ姿が見えなくなった頃、俺は一人唸って考え込んだ。

大丈夫かな。納得いってないような顔してたもんなあ。できる限り難しい言葉は使わずに、簡単に説明したつもりだったけど……気が急いて、早口で説明しちゃったのかもしれない。明日職人さんに説明してもらう時、疑問が全部晴れればいいんだけど。

今後はもっと上手くできるように練習しないといけないなあ。足りない知識を埋めるだけじゃダメなんだな。そういう部分も勉強しなきゃ。本契約ってわけでもない、ただ来訪の約束を取り付けただけだとしても、それでもタイミングが合えば今後俺が窓口になることもあるんだろうし。

「はー、でも少し緊張したなあ」

肩の力を抜いてホッとため息を吐くと同時に、お腹が大きな音を立てた。気づけばいつもの終業時間からはかなり過ぎてしまっている。この時間でまだやってるご飯屋さんってあるんだろうか。



こういう時、元の世界は本当に便利だったんだなって実感する。駅前には24時間やってるファミレスがあったし、自宅からちょっと歩けばコンビニだってあった。帰りが遅くてご飯作る気力がなかったとしても、適当に食べるものはいくらでも買えたんだから。

改めて帰り支度を済ませ、ガレーラの玄関の鍵を閉めた。灯りが漏れている通りの店はほとんどが酒場で、中から陽気なおじさんたちの笑い声が聞こえる。酒場はなー、楽しそうだし興味はあるんだけど、俺まだ酒飲んじゃいけない年齢だし、なにより食事系がなさそうだしなあ。あと一人で入るのにちょっと勇気がいる。

ちらりと中を覗き込むと、おじさんたちがそれは楽しそうに笑い合いながらお酒を飲んでいた。大量のジョッキを抱えた店員さんが狭い店内を駆け回りながら、あちこちから飛び交う注文の声に同じように大きな声で返答している。パウリーならこういう場所も似合いそうだけど、俺はなあ。場違いっていうか、気後れしちゃう。



………仕方ない、冷蔵庫の適当なやつで済まそう。

鞄を背負い直し酒場の前を通り過ぎる。この時間だともうブルも泳いでない。日が沈んだウォーターセブンは、日中の賑やかさと比べるとひっそりしていて少しだけ物寂しい。

すると、道の正面からものすごい勢いで走って来る人影が見えた。誰だろう、暗くて判別出来ない。ところどころに点在する街灯に照らされたそのシルエットを見る限り、走ってくる人影はスーツ姿っぽい。目を凝らしてじっと見つめる俺に、その黒い影が声を張り上げる。

「ナマエ!」

「……あれ?パウリー?」

ぜえぜえと肩で息をして、パウリーは俺の目の前で止まった。額からは流れるように汗が出て、両膝に手をつき呼吸を整える。どこから走ってきたのだろう、ずいぶん長い距離全力疾走したみたいだ。

まさか駅から全力で?もしかして何かあったのかな。海列車の不具合が想像以上に酷いとか、急いで連絡しなきゃいけない程の大問題とか。パウリーは今まで見たことないほどの慌てた表情をしていて、一瞬の内に色々な悪い想像が頭の中を駆け巡る。

「海列車になにか問題があったの?アイスバーグさんは?」

「そんな場合じゃねェだろう!お前、今……」

「?」

何かを言いかけたパウリーは、俺の姿をまじまじと見て「あれ?」と不思議そうな声を上げた。俺の背後をちらりと見て誰もいないことを確認すると、もう一度首を傾げる。

「ん?」

「……いや、ガレーラに危なそうな奴等が来てて、お前が一人で応対してるって話を……、ついさっきコーヒー屋のおっちゃんが伝えに来て。だからてっきり絡まれてんだとばかり」

「あはは、危なそうって」

確かに見た目厳つくて背も高くて、囲まれてた様子はともすれば「お前ちょっとジャンプしてみろよ」「え、そんな、もう小銭なんかありませんよぅ」な状況に見えたのかもしれない。けど話してみれば、ただの顔が恐めなだけの親切な漁師さんたちだった。俺の拙い説明をちゃんと聞いてくれたし、いい人たちだったと思う。

「船を造って欲しいって依頼に来てただけだよ。さっき少しだけ話して、明日改めて来てくれることになったんだ。今何番ドックが空いてるんだっけ。どこのドックに回すか決めておかないと」

「あー……それならちょうどうちが空いてっから、俺が受け持つ」

「うん、それじゃお願いするね。午前11時に約束したから。俺の名刺渡したから、来たらすぐ分かると思う」

「……おう」

ジロジロと無遠慮な視線でパウリーは俺の顔を見下ろす。何かな。パウリーはこう、凝視するのが癖なのかな。良くこうして顔見られてる気がする。あんまり見られると照れるなあ。にこりと笑って「なに?」と声に出さず首を傾げると、パウリーは「いや、なんでもねェ」と軽く首を振って視線を逸らした。



「まだ駅で仕事が残ってるから」と、パウリーは軽く手を上げて駅への道を引き返して行く。その後ろ姿を手を振って見送りつつ、俺はまた頬がデレデレと弛んでいるのを感じていた。

心配して来てくれたのかな。俺が絡まれてたと勘違いして、まだ仕事中だったのに。あんなに全力で走って、決して近くない駅への道をわざわざ往復して。嬉しいなあ。パウリーは言葉で示したりはしないけど、行動で色々伝えてくれる気がする。

俺としてはイチャイチャしたり、「好き好き」言い合うのも憧れだったりするんだけど、でもそうじゃなくてもそれはそれですごく良いっていうか。言わない代わりにふとした瞬間に気持ちが見えるのが、普段何も言わない分だけ何倍にもなって嬉しく感じる。ていうかパウリーが相手であるならどんなでも大歓迎なんだけどね!



「あ、お礼言うの忘れた」

舞い上がってうっかりしてた。明日ちゃんと言わなきゃ。





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あきゅろす。
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