※「小さな君と小さな僕」後の話
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不寝番を終えて朝食前のキッチンへ入ったニューゲートは、普段と少し違う中の様子に「はて」と首を傾げた。いつもだったら朝食を作るナマエの隣でマルコがテーブルを拭き、皿やスプーンを並べ、それはそれはほのぼのとした雰囲気で満ちているはずなのだ。
しかし今朝はどうしたというのだろう。 マルコは時おりチラチラとナマエを見ては何かを言いたそうな顔をし、そしてナマエはナマエで、そんなマルコの視線に気づきながらも別のことに忙しい振りをしている。マルコを無視して会話をしないのかと思えばそうではないらしい。皿を並べて欲しいだ、飯をよそってくれだ、そんなナマエの要求にマルコは素直に返事をしていた。 (……喧嘩、か?) 以前のようなギスギスした関係からは雲泥の差だが、それでも未だ何かが起きれば叱り叱られ、その睦まじい関係が少々崩れることはある。時間を置けばどちらかが謝り自然と元に戻るのが常なのだが。
椅子に座りテーブルの上の新聞を広げながら、さてどうしたものかとニューゲートは考えた。あからさまな喧嘩であれば、収拾つかなくなる前に間に入ることも出来るが、今回のこれが喧嘩であるのか否かの判別がつかない。ただの喧嘩であるなら首を突っ込む必要はないだろうし、そもそもなんでもかんでも自分が間に入るのも好ましくはないだろう。
とりあえず朝食を済ませてから、ナマエにでもそれとなく状況を聞くことにしようか。テーブルにはほかほかと湯気が上がる朝食が並べられているし、それらが冷めてしまうより優先すべきことでもないだろう。 エプロンを外したナマエとマルコが席につくのを待ち、「それではいただきます」と手を合わせようとした時、ポツリとマルコが口を開いた。
「……ナマエ。マル、聞きたいことがあるよい」 ナマエの肩が一瞬ピクッと動いたのをニューゲートは見逃さなかった。冷静なつもりだろうがその表情には隠しきれない焦りが見え、瞬間的にキッチンには緊張が走る。一体何が始まるのだろうかと、ニューゲートはただ成り行きを見守った。 「……あとにしよう。朝飯の前だし、ほら、マルコも腹減ってるだろ」 「でも……」 「せっかくの飯が冷めちまうし。な?あとで」 「でも、昨日の朝もそう言って教えてくれなかったよい。一昨日もその前も。……約束したのに」 「なんだ、約束したのに破ってるのか、ナマエは」 「うっ」 何の約束を反故にしているのかは分からないが、どうやらナマエはもう何日もそれを先伸ばしにしているらしい。それはダメだろう。マルコに「約束を守れ」と言う立場のナマエがそれをやっては。 「それはナマエが悪いな。約束は守らないといかん」 そう仲裁に入ると、ナマエが何とも言えない顔でニューゲートを見た。怒るでもなく困るでもなく、しかし顔を微かに赤くし、「なんてことを言ってくれるんだ」と、それはもう不満を露にした表情で。 「けど、朝飯時にするような話じゃ」 「だがもう何日も約束破ってるんだろ。それなら今ちゃんと果たしてお互いスッキリさせた方がいい。マルコ、言ってみろ」 けどー、でもー、とウダウダ言うナマエを他所に、ニューゲートに味方になって貰えたことに気を良くしたマルコはぱあっと表情を明るくすると、さっそくその約束の内容を口にした。
「どうていって何か教えて欲しいよい!」 「………」
ビシリと固まったニューゲートを、ナマエが「ほれ見たことか」と睨み付ける。 ああ、そういえばそんなこともあったか。ロジャーと再会し話の流れで「童貞が云々〜」と彼が口にした時、マルコがナマエに尋ねたのだ。それはなんだ、と。 そうか、だからナマエは躱し続けてたのか。そりゃあまあ……、答えにくいだろうなあ。 「ナマエがあとで教えてくれるって言ったのに、まだ教えてくれないんだよい。マルずっと待ってるのに」 「だ、だって……」 モゴモゴと尻すぼみになる言い訳の内容は聞き取れないが、言いたいことは十分理解できた。躊躇する理由も。どう説明したらいいか分からない、そんな説明恥ずかしくて嫌だ、そんなところだろう。 「な、なあ、ニューゲート。お前が代わりに答えてやってくれよ。誤魔化すのは良くないのは分かってんだ、でもさ、」 「……ナマエ」 ニューゲートがぽん、とナマエの肩を叩いた。 「お前が約束したことなんだから、お前がちゃんと果たせ」 「!」 ニューゲートの一言でその場の空気がもうこれ以上は躱せないものへと変わり、やっと知りたかった言葉の意味を教えてもらえることに、マルコは嬉しそうな笑顔を見せる。「裏切り者!」、そんなナマエの声にならない悲鳴が聞こえた気がした。 「まあ、気持ちは分からんでもない。いけないことでもねェのは分かっているが、子供にそれを説明するのは恥ずかしいもんだ。それは多くの大人が共通に体験することだろう」 「……」 「しかし今後マルコと過ごしていくならば、こういうことはいくらでもある。その都度誤魔化し適当にお茶を濁したのでは、マルコにとってだって決して良くはない。いい経験だ、お前にとってもな」 「ニューゲート……」 「ああ」 「顔、半笑いなんだけど」 「グラララ」 「完全笑ってるし!」 あとで覚えておけよこの野郎。殺気がこもった目でナマエはニューゲートを睨み付けたが、そんなことをしてもマルコへの説明から逃れられるわけではない。ナマエは「はあ」と、もう一度深いため息を吐いた。
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