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突然目の前が真っ暗になったと思った次の瞬間、マルコは意識を失っていた。どこかへ運ばれたことも、知らない男たちに腕を縛られ拘束されていることも目覚めた後状況から判断できたが、何故そんな目に合っているのか全く分からず、どこなのかも分からない暗い部屋で自力ではどうすることも出来ずに項垂れた。



窓には板が張り巡らされており、その隙間から微かに光が差し込む。まだぼんやりとしたまま、窓からの光で反射しキラキラ光る埃を眺めていると、突如自分以外の人間の声が耳に届いた。

「……瓶投げ込んで来た!」

「そうか!よし、それじゃあ……」

自分が転がされているこの部屋に、他にも誰かがいたのだということにこの時初めて気がついた。まだ重い頭を抱えたまま少し辺りを見回すと、幾人もの男たちが色々と話し合っている。

「大金が手に入る」、「これで俺らも」、その会話はマルコには何のことか全く分からなかったが、エドワード・ニューゲートという単語が頻発する辺り、オヤジのことを話しているのは理解できた。また、この状況が自分にとって決して良いものではないことも。

(………ナマエ、)

大人しく待ってろと言われてたのに、あの場所から動いてしまった。今ごろ探させてしまってるだろうか。知らない場所で知らない人に囲まれ、恐怖と心細さでじわりと目尻に涙が浮かぶ。マルコは投げ出された膝を丸め、そこに顔を埋めた。



その間も男たちは話し合いを続けており、マルコを取引場所へ連れていくか否かで意見が別れていた。

「でも証拠がなけりゃ、あっちも信じないんじゃねえ?ガキなんか知らねェってシラ切られたら元も子もねえ」

「だが連れて行って奪い返されたらどうするよ。人質取れるチャンスなんか二度とねェぜ」

真っ向勝負では到底敵わないことが分かっているから、人質という選択を選んだのだ。とは言え相手は『あの』白ひげだ。いくつ枷を掛けようとも、簡単に引きちぎってしまうのではないか、男たちはそんな可能性を捨てきれない。

「とにかく、このガキが大事にされてることは間違ってねえはずだ。だったら」

腰に下げた小刀を出し、男がマルコに近づいた。

「髪の毛でも切って見せつけてやるか」

マルコの髪を一房切ろうと掴み、その刃物を近づける。鈍く光るそれを視界に入れ、マルコは「ひっ」と喉の奥で悲鳴を漏らした。



この段階で、彼らにとって「大事な人質を傷つける」という選択肢は無かった。今回が失敗すれば次の機会、それもだめなら更に次と、標的であるエドワード・ニューゲートの首を取るまで、この子供は使えると思っていたからだ。

マルコにとって不運だったのは、この状況がかつて自分が閉じ込められていた地下牢に似ていたことだった。近づく刃物にビクッと身をすくませ、そして無意識に身を守ろうと少しだけ抵抗してしまった。

恐怖で硬直していたマルコが動くことを予期出来なかった男は、弾みでその刃物を滑らせる。軽くマルコの頬を掠り、「痛い」と小さな悲鳴が上がった。

「おい、大事な人質なんだ。丁寧に扱え」

「すんません、動くと思ってなくて……毛ェだけのつもりだったんですけど。まあ掠っただけですし………え?」

その時起きていた予想だにしない現象に、男たちは目を見開きマルコを凝視した。確かに切っ先が掠ったはずの頬から、小さな青い炎が上がる。燃えてる、そう思ったのは最初の一瞬で、すぐさまその炎は自然に消えた。そして後には何も残っていない。火傷どころか、怪我すらしていない綺麗な肌がそこにはあった。今、確かに刃が肌をかすっていったはずなのに。

「……おい、今の見たか?」

この部屋にいる全員の視線が自分に集まっている。マルコは怯え、身を守るように小さく丸まった。珍しい物を見るその目は、あの見世物小屋にとても似ていた。

「ちょっと、試しにもう一度やってみろ」

「はい」

「軽くだからな、見間違いかもしれねェ」

やめてと抵抗する間もなく、無理矢理引っ張られた腕にもう一度切り傷を付けられる。先程と同じようにそこからは青い炎が上がり、そして傷を癒して消えた。二度も同じ現象を目にし、男たちは確信する。



「……このガキ、能力者だったのか」



面白ェ。そう呟いたのは誰だったのか。おとぎ話でしか聞いたことのない、元々特殊な悪魔の実の中でも更に特異な実の話。目の前で負った傷が、みるみる内に癒えるその様子は男たちを歓喜させた。

もう一度見たい、俺にもやらせてみろ、そんな声があちこちから上がり、そこからはもう「大事な人質である」ことなど忘れ去ったかのように、歯止めが効かなくなって行った。途中マルコの髪を一房切り取った男が取引の場に向かったのだが、この時のマルコにはもう、それに気づくだけの余裕などありはしなかった。



斬り付けては再生する、ただそれだけのことがそんなにも楽しいのか。俺も俺もと、男たちは代わる代わる武器を振り下ろしては歓喜の声を上げる。

(痛いよい、怖いよい)

悲鳴を上げることも出来ず、ただマルコは身を縮めてそれに堪えた。以前は泣き喚いたその痛みもじっと堪えることができるのは、きっとオヤジとナマエが来てくれると確信しているからだ。



大丈夫、絶対来てくれる。絶対ここを見つけ出してくれる。そしたらナマエとねびきさくせんをやって、美味しいご飯を作ってもらって、それでまた一緒の布団で寝るのだ。自分の体が、どれだけ怪我をしても治ってしまうことは分かっている。今我慢すれば、何もかも元通りになる。もしかしたら今もう、オヤジとナマエが扉の向こうに来ているかもしれない。



「全力で叫べ。すぐ駆けつけるから」



ナマエの言葉が、ふと脳裏に甦る。そうだ、叫べと言っていた。駆けつけると言ってくれた。今はもう、堪えるだけでなくていいのだ。今の自分には、助けて欲しいと手を伸ばせば掴んでくれる腕がある。

「オヤジ……、ナマエ……!オヤジ、ナマエ、ナマエ……!!」

小さくじっと堪えていた子供が、急に声を発したことに男たちは驚き一瞬その手を止めた。なんだ、助けを呼んでるのか、驚かせやがって、口々にそう言い合うが、この場所が割れることはないと過信している彼らは、子供が叫んだ所で何の意味も成さないと思っている。だから外への警戒を完全に怠っており、そしてそれを察知するのが遅れた。



「マルコ!」



扉を壊さんばかりの勢いで部屋に入ってきた人物に、全員の視線が集まった。

ああ、やっぱり。本当だ、言った通り来てくれた。緊張の糸が切れたのか、マルコは小さく安堵の笑みを浮かべるとコトリと首を倒して意識を手放した。





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