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始まりの予感(サッチ/拍手お礼短編201406〜)




※「時間の問題(マルコ)」と繋がりはあるけど、そっちとは別主。



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「うれしー!おいしー!」



厨房内まで届く声に、俺はふと顔を上げしかめ面をした。無意識に出てしまいそうになった舌打ちを不自然な咳で押し込める。目の前でじゃがいもの皮を剥いていた同じ4番隊の仲間は、あからさまに何かを誤魔化した風のその咳き込みに特に何も気付くことなく、新しい芋に手を伸ばした。



デレデレと目尻を下げ頬を緩めたサッチ隊長が、鼻唄でも歌い出しそうな調子で厨房へ帰って来た。それを見て、さらに俺の眉間にぐっと深いシワが寄る。

「いやあ、やっぱ旨そうに食ってくれると嬉しいなあ」

隊長の言葉に別の隊員が「そりゃあそうですよ」と同意した。更に別の誰かが「いっぱい食ってもらえるのとかも嬉しいですよね」と話に加わり、そこから向こうではわいわいガヤガヤ、楽しそうな会話が弾んでいる。その声を聞きつつ、俺は下を向き芋向きに集中することにした。少しだけ、自分への苛立ちを感じながら。



今しがたサッチ隊長をデレデレさせた1番隊のあいつは、いつもにこにこして愛想が良くて周りを明るくして、飯食うときだってそれは変わらない。そりゃあんな風に「旨い旨い」と食ってもらえれば、作った方も気持ち良いだろう。4番隊の一員として、皮剥き程度でも一応作る側に立つ俺だって、その気持ちは理解できる。だけど……。

「ほれ、これ食ってみ」

思考を遮り、横から差し出されたそれに無意識に食いついた。もぐもぐと租借しながら顔を上げると、つい先程までしまりのない顔をしていたサッチ隊長が、大量の芋フライを片手に自信ありげな顔をしていた。

外側は適度にサクサクしつつも中は水分が失われておらず、芋がしっとりと、かつふわっと揚がっている。後から鼻に抜ける香りと舌に残る程よい塩加減。十分味わった後、ゆっくりと飲み込む。

「どうよ。なかなかだろ」

「……別に、フツー」

わざと素っ気ない返事をすると、目の前で一緒に芋を剥いていた隊員が「おい、」と焦った声を上げた。当の隊長本人はニコニコと、全く気分を害した様子などない。

「そっかー。もう少し塩強い方が良かったか?」

「……鼻の下伸ばしまくった人に何作られても旨くなんかない」

「おい、お前!」

「俺、芋の皮剥き終わったんで。ちょっと休憩もらいます」

持っていたナイフをしまうと、俺は逃げるように厨房から出た。背後からは「あいつまたあんなこと言って!」と憤慨する仲間の声と、それをなだめるサッチ隊長の声が響いていた。





(俺……、かわいくねえェ………!)

人気の無い船内の通路で、俺はしゃがみこみゴンゴンと壁に額を打ち付けた。またやってしまった。あんなこと言うつもりなどないのに、口が俺の意思とは関係なく勝手にベラベラと動いて、わざとサッチ隊長がムカつくようなことを選んで言ってしまった。

「はあぁ〜……」

深いため息と共にこの気持ちも流せないかと思うのだが、やってしまったことがそう簡単に無かったことにはならない。隊長は気にしてないかのような口ぶりだったけど、生意気を通り越して喧嘩腰な口ばかり利く弟分など、腹立たしく感じこそすれ「なんとも思わない」なんてことなどあり得ないだろう。俺だったら即シメる。



(だってサッチ隊長が、あんな風にデレデレなんかするから……)

旨そうに食ってくれると嬉しい。料理人としては至極当然、誰にも非難などされない、普通に同意されるはずのその言葉は、真っ直ぐに俺の胸を突き刺した。コンプレックスをノーガードで直撃されて、今も少しだけ胸の奥が痛む。

俺には、あんな風に笑顔で旨そうに食うことは出来ない。そもそも嬉しい時でさえ、笑みを浮かべることが出来ない。凝り固まった表情筋はガッチリと張り付き、ともすれば睨んでいると思われそうな顔は、そのまま手配書の写真にだって使われている。



便所で用を足しつつ、もう一度「はあ」と小さくため息を落とした。手洗い台に設置されてる鏡には、ひどく不機嫌そうな、いつも通りの俺の顔が写っている。

思えば物心ついた頃からそうだった。元々感情が顔に出る方じゃないが、特に笑顔を作るのが苦手だった。「どうして自然に出来ないのか」と問われれば、「じゃあどうして自然に出来るのか」と問い返すしかないほど、俺にはたったそれだけが困難で、笑おうと努力すればするほどどうしてか口元は歪み頬はひきつり不自然な表情になる。



「無理して旨いって言ってくれてるみたいだな」

それでも治そうと努力した結果を仲間にそんな風に評されてしまった時は、色々とショックを受けた。だったら無理に笑ったりなんかしねェよ!と言い放って、それ以来無駄な努力はパッタリと止めた。ああ、そういえば、当時仲間になったばかりのエースの突っ張り具合が俺と似てるとか言われてたっけ。あっちはいつの間にか尖った部分はなくなり、愛嬌ある弟分へと変貌したが。畜生。なんだこの違いは。



きっと、サッチ隊長も、「旨い旨い」とニコニコしながら飯食ってくれる奴の方が好きなんだろう。そりゃそうだ。愛想が悪いよりは良い方が好ましいし、生意気な口利く奴より素直な奴の方が良いに決まってる。

俺だって、なれるならそうなりたい。あんな風に、サッチ隊長と笑顔で話したりしてみたい。それができればきっと───。





「おう、久しぶりだな」

重い足取りで厨房へ帰る途中、ばったりとイゾウ隊長と鉢合わせした。

「どうだ、4番隊は。慣れたか」

「隊長」

「うちにいた頃と比べると色々勝手が違うだろ。特に4番隊は特殊編成だから別行動取ることも多いしな。人数合わせの異動がなけりゃ、そんな苦労かけることもなかったかもしれねェが」

「……そう、ですね。まあまあ、です」

一瞬の内に口を突いて出そうになった様々な愚痴を飲み込み、俺は極々無難な返事を返した。



それぞれの隊の人数を調整するため、一部異動があったのは半年ほど前のことだ。人数が少し足りない4番隊に人員をくれ、という話がサッチ隊長からイゾウ隊長にされたのだ。

人選に関しては隊長同士で話し合って決められたのだろうけど、どうして料理などしたことのない俺に白羽の矢が立ったのかは知らない。今思えば、もっとマシな人選があったんじゃないかと思う。けど、慣れ親しんだ16番隊を離れることを寂しく思う一方で、少しだけ俺は嬉しかった。



サッチ隊長の下で仕事ができる。今までよりも近い位置で接することができる。もう遠くで見ているだけじゃない、自然に話しかけ話しかけられ、親しくなることができるのだ、と。

……だけど。

異動前に思い描いていたそれほど、現実は甘くはなかった。気遣われても俺はそれを素直に受けとることが出来ず、返す言葉は憎まれ口。目の前で4番隊の内輪ネタを話されても俺にはサッパリだったし、俺よりも遥かに長い間共にやってきた多くの隊員たちとの仲の良さを見せつけられているような気がして辛かった。

胸の内のモヤモヤはそのままサッチ隊長への八つ当たりとして発散され、その都度周りにたしなめられ、「お前隊長のこと嫌いなのか」なんて尋ねられもして。「恥ずかしくてつい」というにはあまりに暴言なそれを、許容してもらおうとは思わない。俺が誰よりそのことを最低だと思っているからだ。

隊長は決して怒ることはなかったけど、「別の奴のが良かった」くらいは思われてるかもしれない。ああ、もう、どんどん悪い想像ばかりが膨らんでいく。



これだったら16番隊にいた頃の方が良かった。4番隊に来さえしなければ、俺の存在を知られない代わりにこんな奴だってことも知られずに済んだのに。



「まあまあ」という俺の答えを聞き、イゾウ隊長は微かに眉をひそめた。思案げに煙管を口に含み、ふうと吐き出す。

「……あんまり馴染めてねェか。まーお前は元々人見知りする方だし。すぐにってわけにはいかねェよな」

「……?」

まあまあ、と答えたのにどうしてそんな風に言うのだろう。困って、むうっと元々寄っていた眉間のシワをさらに深くすると、イゾウ隊長は「跡が消えなくなるぞ」と笑って俺の眉間をグリグリ引っ張った。

「い、痛い」

「いっつも眉間にシワ寄せて。お前弟たちに怖がられてるぞ。面倒見てやったりしてんのか?」

「まあまあ、それなりに」

「……お前は悪い時ほど『まあまあ』と答えて、良い時ほど『フツー』と言うからな」

「うぇっ!?」

イキナリ妙な所を指摘され、俺の口から変な声が漏れた。ははは、と軽い調子で笑い、イゾウ隊長は俺の眉間から手を離す。

「……俺、そんな癖あるんですか」

「あるな。俺も自分で見つけたわけじゃねェから、言われてみればなるほどって所だったがな。サッチだよ、最初に気付いて教えてきたのは」

「っ!」

サッチ隊長が。思いがけず出てきた名前に心臓が跳ねた。

「他所の隊の奴のことなのによく見てるだろ」

普通は気づかねえよなあ、自分の所の隊員の話を別の隊長から教えられるなんて、俺も全然だなァと痛感した。そう言ってイゾウ隊長は優雅に煙管を吹かす。

「だから隊員の異動の話が来た時、お前を4番隊にやったらいいんじゃねェかって思ったんだ。まあ、元々サッチがお前を希望してたからってのもあったが」

「……っ」

初めて聞く話に、俺はパッと顔を上げ隊長を見た。

「俺を?なんで……」

「さあなあ」

そう言いながらも、イゾウ隊長はニヤニヤと楽しげに笑っていて、俺の「なんで」の問いを知っているかの様な雰囲気だった。訳が分からず混乱する俺の顔を見て、イゾウ隊長は今度は一人クツクツと肩を震わせ、口止めされてねェからいいよな、と誰に対してなのかも分からない確認を取る。



「多少なりとも料理経験があるやつがいいだろって、最初は別の奴を異動させるつもりだった。だが、サッチがどうしてもお前がいいっつってな」

「………」

「癖に気付いたくらいだし、お前ら仲良いのかと聞いても、顔と名前を知ってる程度でまともに話したことねェって言われて、最初は何言ってんだこいつって思った。戦力強化のつもりかと思えばそうでもねェらしい」

「……じゃあ、なんで」

「料理経験なかろうがいいんだと。職権濫用だろうが、勝手に異動させたことで恨まれようがいいんだと。とりあえず何か接点が欲しいんだと。あの男が、自分の隊に無理矢理引き入れることくらいでしか共通点を見い出せねェんだと」

情けねェよなあ。そう言って隊長は少し大袈裟に肩を竦めた。

「なんだそれ……、そんなの、まるで、」

バクバクとうるさい心臓に手を当てる。耳が熱い。顔に熱が集まり、羞恥でイゾウ隊長の顔を見ていられない。

「……ここまで言えばもう分かるだろ?」

ポンポンと肩を叩かれ、そして強めに背中を叩かれる。よろりと数歩踏み出した足は、そのままゆっくりと厨房に向かって歩き出した。少しずつ歩みは早くなり、そしていつしか駆け足になる。



頭の中は未だ混乱し何ひとつ整理されていないのに、足は先へ先へと勝手に進んでいく。今急いで顔を合わせたところで何を話せばいいと言うのだろう。だってイゾウ隊長は、決定的なことは言わなかった。何もかも自分の都合の良いように受け取った俺が、一人先走っているだけかもしれない。
だけど、一体いつからとか、なんで俺?とか、まさか癖に気付く程長い間?とか。湧き出る疑問は底を尽きない。



ああ、でもとりあえず、誰かに対抗意識燃やして、変に意地張った言葉をぶつけるのは止めてみよう。

「フツーより、何倍も旨いです」

そう素直に言えるように頑張ってみてもいいかもしれない。

たとえ笑顔で言えなかったとしても。





End.




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