どうやらマルコ隊長は本が好きらしいと聞いて、眠いのを我慢して書庫の本を片っ端から漁った。けど隊長の好む本は俺には難しくて全く理解出来なくて、結局一冊も読みきれずじまい。 酒が好きだと聞いて、向かう島々の地酒を勉強して知識を蓄えてみた。その後隊長が、あんまり知識をひけらかされるのが好きじゃないと聞いて、頭に詰まったこの豊富なうんちくは日の目を見ることなく腐りかけ。 どんちゃん騒ぎも好きだけど、実はゆっくりと静かに味わいながら一緒に飲める相手が欲しいということが分かり、これはチャンスとばかりに飛び付いた。…………俺は、下戸なんだった。
理想はあくまでも自然に。がっついてるのは多分好まれないだろうから、そういう雰囲気は悟られないように。偶然を装ってお互いの共通点を明るみにし、それをきっかけに親しくなること。もちろん、隊長と隊員という関係以上にだ。 しかしどれだけお近づきになろうとしても、俺とマルコ隊長は結局どこまで行っても平行線、相容れない運命なんじゃないかと思い始めて数ヵ月。しかしもうこれ以上くすぶっているのもまた、俺にはできなかった。自分が下戸だと知ってお酒を飲まないようにしたのはもう何年も前だし、きっとほぼ毎日のように催す宴会での、周りからの酒の匂いで耐性はできている!はず!! そう信じ、俺はジョッキ片手にマルコ隊長を中心に集まる輪に混ざりに行った。頑張れ俺の肝臓!俺はお前が強い子だと信じている!
「…………」
昨夜の記憶がスッポリ無いんですけど……。
食堂の隅での雑魚寝状態から目を覚まし、俺はぐったりと項垂れた。外から差し込む光は明るく、船内のあちこちでは多くの隊員が活動している気配を感じる辺り、もうとっくに日は昇り活動時間になっていることは容易に感じ取れた。 全然、覚えてない。自分が昨晩いつ、どんな風につぶれたのか、全く記憶にない。数年ぶりに飲んだ酒のせいで体はだるく、体内のアルコールを分解しきれていない感じがする。あのジョッキ一杯も飲みきってなかったというのに、俺の肝臓は頑張れなかったのか……。多大な期待をかけてむしろ申し訳ない。
「あ、起きた」 どうやら酔いつぶれた連中は食堂の隅っこにまとめられていたらしい。腹の上に乗っかっていた誰の足なのかも分からないそれらを掻き分け這い出ると、すでに起きてもりもり飯を食べていたエースがいつもと変わらない顔色で迎えてくれた。 「エース、昨日どのくらいまで宴会してた?」 「えーと俺は途中で抜けたけど、それでも部屋に戻った頃にはもう日は昇ってたぞ」 「マジか」 浴びるように飲んでもケロッとしてるなんて羨ましい。エースならきっと、マルコ隊長とサシで飲んでもベロベロになることなんかないだろう。しかも持ち前の明るさでいい感じに場を盛り上げたりできそうだ。
くそう、羨ましいなあ。エースは俺よりも何年も後にここに来たっていうのに、俺がずっと成し遂げたいと思っていたことをあっという間に叶えやがった。 何をどうしたらマルコ隊長と「よう」なんて言い合える仲になれるのだろうか。言いたいなー。言いたいよ。「マルコ隊長、今日も素敵に南国ですね!」って茶化して、なんだとコラって頭グリグリされたい。
テーブルに顔をくっつけて、ひんやりとした心地を楽しむ。床の上で適当に寝たからか、疲れが取れず中途半端に眠気が残ってて気持ち悪い。 「飯食える?」 「んー、あんまり……」 「なんか入れておけよ。胃からっぽだと余計にしんどいぞ」 「無理そうー……。あんまり肉とかじゃないのがいいー……」 「じゃあ、これならどうだ」 頭上からのサッチ隊長の声と、コンとテーブルに何かが置かれる音。顔を上げると目に前にあったのは、真っ赤に熟した果実のデザートだった。 「わぁい!島苺のプリンだ!」 がばっとテーブルから起き上がり、俺はさっそくスプーンを手にする。口に入れると、程よく広がる甘さに少しだけ酸味も混じり、口当たりも滑らかだ。さすがサッチ隊長のプリンだ。パクパクと止まることなく食べ進める俺を見て、食欲ないんじゃなかったのか、と呆れたようなエースの声が耳に届く。 「お前それよく食えるよなー。甘すぎて俺には無理」 「えー、そう?甘い方だとは思うけど、このくらいは普通じゃね?」 「いやいやいや、それ、ナースだって数人しか食わない実じゃん。甘いもん好きの女が『いくらなんでも甘すぎる』って拒否する果物だぞ?それを普通レベルって言うお前がどうかしてる」 「そうかー?」 そう答えながらも、言われてみればこの船で島苺を使ったデザートを特定のナース以外が口にしているのを見たことがない。野郎連中でも甘党は何人かいるけど、そういえばそいつらも食わないなあ、これ。 確かに甘いけど後味スッキリな甘さだし、俺、自分がかなりの甘党な自覚はあるけど、普通に甘いもの好きな人でもこのくらいは食うかと思ってた。
エースの発言に、サッチ隊長は苦笑いしつつも同意した。 「実自体の糖度が馬鹿みたいに高いからなァ。それでも甘さはかなり抑えてるんだけど、元々うちは甘いの食わない奴ばかりだし。貰い物だけどやたら余っちまってるから、食えるやつがなるべく食って」 「じゃあ俺貰う!うれしー!おいしー!」 「お前本当に旨そうに食うな」 「だってサッチ隊長の作ったもの旨いもん。旨くないやつはちゃんと旨くないって俺言うし」 視界の隅で、厨房の奥に下がりかけていたサッチ隊長が少しデレッとしたのが見えた。え、いやいや、隊長のフラグ立てる気はないからね!?俺が立てたいのは別の隊長のフラグですから!
(……けど、俺にマルコ隊長のフラグなんて立てられるんだろうか) 遠目で見てるだけでも心臓がバクバク煩かった時期を越えて、挨拶や連絡事項くらいなら話せるようになって。もっと親しく言葉を交わしたいと思い始めて、何かきっかけがあれば話のネタに困らないんじゃないかって思い付き、マルコ隊長の好むものを片っ端から触れてみてはいる。 「へえ、マルコ隊長もそれ好きだったんですね」ってところから話すきっかけを作るのは、とても自然だと思うのだ。けどそれらすべてが軒並み上手く行ってないことを思うと、今後どうしたらいいんだろうかと途方に暮れる。それはまるで、マルコ隊長と共通の話題を持つこと自体そもそも不可能であるかのようで───。
「………ごちそうさま!旨かった!」 わざと大きめの声を出して、俺は自分のマイナス思考を振り払った。そうだ、二日酔いで気持ち悪いからネガティブになっちゃうんだ。諦めるには早いだろ、まだまだきっと気づかない所にチャンスは転がっているはずだ。酒以外の好きな食べ物とか!俺、食いもんだったらなんでもいけるし! 「そしたら俺、部屋で休んでくる」 「お前今日の作業はー?」 「元々休みー」 エースにひらひらと手を振りつつ俺は食堂を後にした。
それと丁度入れ違いになるように、マルコが食堂へと現れた。未だ大盛りの飯を掻き込んでいるエースの前に座ると、そこに置かれたままになっていた空の皿を見つめる。 「ああ、悪い。あいつ片付け忘れてったんだ」 エースがその空いた皿を退かすと同時に、マルコは厨房のサッチを呼んだ。 「何だ?」 「これ、まだあるのかよい?」 マルコが指差した物は今しがたエースが脇へ退かした皿で、当然ながらそこに盛られていたのは先程「一部の甘党しか食わない」と言っていた島苺のデザートだ。普段甘い物に興味を示さないマルコが突如そう言い出したことに、サッチは不思議そうな顔をしつつも質問に答えた。 「大量に貰っちまったから、まだまだあるよ」 「貰うよい」 「ええ?お前食うの?」 「……まあな」 微妙に間を開けながらもそう答えたマルコに、サッチは少々腑に落ちない顔をしていたが、残りが早く捌けてくれることの方が重要だったのか「気が変わらない内に」といそいそとそのプリンを持ってきた。
置かれたそのプリンはとても可愛らしくデコレートされており、マルコの目の前にあることで更にそのミスマッチ感を強調していた。自分から「食べる」と言ったくせに睨むような顔でプリンを見下ろしたマルコは、恐る恐るひとさじすくう。その指先が震えているように見えたのは、エースの気のせいだろうか。 「………」 口に入れた瞬間目尻をピクピクと痙攣させ、満足に味わうことなく無理矢理飲み込んだ。額に手を当て、堪えるように目を閉じる。それはとても進んで食べたいと言った人間のする顔では無く、直前に「甘くて旨い!」と言う満面の笑顔を見たからこそ、エースはその落差になんとも奇妙な物を感じた。
嫌いなら、食べるなんて言わなきゃいいのに。 率直に思った言葉を一旦押し止めて、別の言い方に変えて声にする。 「マルコ、甘いの嫌いじゃなかったっけ」 「………そんな気分の時もあんだよい」 「ふうん?」 あいつは苦手な酒を飲もうとするし、マルコはマルコで好きでもないデザート食おうとするし。一体なんなんだろう。疑問に思ったはいいものの答えなどエースに分かるはずもなく、「ま、いいか」とすぐにその事は頭から消えた。 二人が互いの好きなものに触れ、その距離を近づけるきっかけを探していたことなど、食事に夢中なエースは気づくはずもない。
End.
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