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「早まった真似なんかするべきじゃないだろう?あんたは復興作業も人一倍一生懸命だったし、そういうのは絶対誰かが見てるもんなのさ」

「うー、うん、そうだね」

曖昧に同意の返事を返しつつ、こっそり話の流れが違う方向へ行かないかな、と願った。

タナさんは未だ俺が、入水自殺するつもりだったのだと思っている。いつかちゃんと誤解を解きたいと思っているが、異世界云々のくだりをはぶくことも出来ず、またどう説明したら辻褄がおかしくならないのかが分からず、結局未だそのままになってしまっている。

あんまりその辺は突っ込まないでね、という俺の願いが通じたのか、タナさんは俺の新しい仕事の方へと興味を移した。

「そしたら職人かい。あんたそんなに細くて船大工なんかやれるのかい」

「あ、ううん。職人じゃないんだ。アイスバーグさんの秘書」

「……秘書?」

秘書、と言った瞬間驚いたように少し目を見開き首をかしげ、タナさんは不思議そうな顔をした。

「?なんか変だった?」

「ああ、いや、あんたがどうって話じゃないよ。そうじゃないんだけど……、前の秘書の子は里帰りしてるだけだって聞いてたから。別の秘書を入れるって、どういうことなんだろうね?」

「え、そうなの。前の人いたんだ」

あんたそれも知らなかったのかい。そう言ってタナさんは呆れ肩をすくめた。完全に初耳だ。前任の人がいるのに、俺雇ったりしちゃって良かったのかな。

「俺てっきり、秘書って役職を今回初めて作ったのかと思ってた」

「いやいや、もう何年も前からいたよ。優秀な、美人な子だったんだよ。それはもう人気でねェ。ああ、それともその子が帰ってきたら、今後は秘書2人体制でやってくってことなのかね?アイスバーグさん忙しいんだろうから、市長用と社長用っていう具合に」

「うーん、そうなのかも」

「そしたらガレーラ全体を新体制にしていくのかもしれないね。ほら、パウリーだって副社長になったろう?秘書の子と一緒に職人も2人里帰りしているから、その子らが抜けた穴を補填する意味も含めて」

「……」



タナさんの話に頷きつつも、本当にそうなのかな、なんてちょっと考えてしまった。現在休暇中の秘書がいるんだったら、その話は俺にされてておかしくない気がするのだ。仕事だって、その人が帰ってきてから引き継ぐなり教えてもらうなりすれば、ただでさえ忙しいアイスバーグさんの手間は減る。でもアイスバーグさんはもちろん、職人の誰もそんな話題はしなかった。



俺、本当に何も知らないんだなあ。一気に何人も辞めた直後なことも、パウリーさんが最近副社長になったばかりだってことも、今初めて知った。

でもどうして引き継ぎも何もなしで里帰りしちゃったんだろ。里帰りって普通、数日の休暇をもらう程度で済むよなあ。緊急の用事があったんだとしても、後任の秘書に引き継ぐ時間すらないくらいの、相当切羽詰まった緊急だったんだろうか。

「私らにはそんな様子も見せないけど、アイスバーグさんも疲れてないわけないさね。新しい体制もすぐ軌道に乗るわけじゃないだろうし、あんたも助けになってやんなさいね」

「うん」

そうとだけ言うと、タナさんは新たに来た別のお客さんの相手をしに屋台へと戻って行った。



職人2人に秘書が一気に休んじゃうって、確かにそれは大変そうだ。居酒屋バイトで一度に3人抜けられたらシフト回らないもんなあ。

顔を上げると、マーケットの向こうに大きなガレーラの会社が建っているのが見えた。



───今が一番大変なんだろうし。



タナさんの言葉が脳内でもう一度響く。

そうか、今はアイスバーグさんも他の職人さんも、多少無理をしてでも頑張らないといけない時期だから、だから昨日はあんなにも仕事を詰め込んでたのか。だから、アイスバーグさんは俺に早めに上がっても良いと言ってくれたのか。初っぱなからいきなり規格外に忙しいのはしんどいんじゃないかって、そう思ってくれたから。ガレーラが普段どのくらい忙しいのか比較対象がないから、ヘバってる俺を見て気を使ってくれてるだけなんだと思ってた。



あの忙しさが平常ではないんだとしたら、もしかして今も、俺が知らないだけでガレーラは稼働してたりするんだろうか。だとしたら俺はここでのんびりしてていいのかな。新人だったとしても、一社員としてやるべきことがあるように思う。

思い浮かぶのは、案内された時見た荒れ放題の資料室。そういえば給湯室だってシンクは水垢がついて軽く埃も積もって、しばらく誰も使ってないかのような状態だった。

「……」

元々、俺の物事を覚える早さは決して早い方じゃない。だけど早く仕事に慣れて、アイスバーグさんの負担を減らしたいと思う。誰かに頼りきりにならず、一人でこなせるようになって、こいつを雇って良かったって思ってもらえるようになりたい。それならば、勤務時間以外の所でたくさん動かなくちゃ。





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