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自宅へ戻り、俺はベッドに倒れ込んだ。ぼふっという大きな音と共に、埃が少し上がり舞い落ちていく。ふかふかの枕に顔を埋め、このまま寝てしまおうかと目を瞑る。あーでも着替えないとスーツ皺になっちゃう……、風呂も入りたい。でももうクタクタ。今からお湯溜めるのもシャワーで済ませるのも面倒。せめてスーツはかけておかないとと、重い体を無理矢理起こしのろのろと着替え始めた。ちゃんとスーツをハンガーにかけついた埃を軽く取りつつ、はあーと深いため息を吐く。



ちょっとだけ本音を言う。俺今、あの時アイスバーグさんの気遣いに乗れば良かったかなって少し後悔してる!

まさか終業までの最後の数十分で、やれ新規の契約だ、やれ修理の依頼だ、やれアイスバーグさんと面会したいだで、あんなに忙しくなるとは思わなかった。でも急に忙しくなったのであればむしろ帰らなくて正解とも思えるわけで。



……。どっちでもいいや。とりあえず今日は乗り切ったし明日は休み。もうそれでいい。

一度起こした体をもう一度ベッドに横たえ、もう風呂もなしで寝てしまおうと布団を手繰り寄せた。着替えるのもいいや。シャツのままで。



疲れたな。大変な初日だった。ウォーターセブンの町は道や水路が入り組んでてすごくわかりにくかった。土地勘ないとこの先大変そうだし、書類を読んだりするのに、英語の読み書きももっと出来るようにならないといけない。あ、あと新聞も読んで、ちゃんと時事問題とか知っておかなきゃ。立場上、もう「知りませんでした」が通用しないことだってあるのかもしれないんだから。



……不安要素ばかりだな。

落ちる瞼に逆らえずゆっくりと俺は全身から力を抜いた。とりあえず寝よう。それで、明日は目一杯休日を満喫しよう。毎日広場に出てるマーケットがずっと気になってるし、今日すごく美味しそうな肉料理を見た。明日はあれを買いに行ってみよう。美味しいもの食べて元気になって、そしたらまた1週間頑張って、………。おやすみなさい……。







新しい住まいはガレーラから程近く、徒歩20分もかからず通勤することができる。通勤途中で通りすぎる広場にはほぼ毎日マーケットが開かれており、午前中から多くの人で賑わっている。

見慣れない食材が並ぶマーケットは、引っ越した当初からすごく気になっていた。肉も魚ももちろんだけど、特に野菜が見たことないほど立派に丸々と育っていて、それはもう見た目からして美味しそうで、料理好きの端くれとしてはウズウズする。

特にここの名物だっていう水水肉がすごい気になる。丸ままかぶりつくのが定番と聞いたけど、俺としては見た目からしてジューシーなあの肉をどう加工して、どんな食材を合わせてどんな調理法で整えたら良いだろうかと想像が尽きない。



前日の疲れも一晩寝たらスッキリし、朝から俺はマーケットへと足を運んだ。目的は今後数日間のご飯の用の食材探しだ。ガレーラの職人さんたちは、単身者は近場の店や屋台でご飯を済ませて、既婚者はお弁当持ちが多いらしいんだけど、俺はなるべく自分で作っていきたい。

(にくにく、おにく)

鼻唄うたいつつ肉屋を探してマーケットをさ迷う。まだ早い時間なのにマーケットはすでに活気に満ちていて、スーパーとは違う雰囲気に心が踊る。こういう、客と店の距離が近いのはすごく好きだ。早く顔見知りになって、「今日のおすすめなんですかー」って感じで買い物できるようになりたいなあ。



そこに、ちょうど今通りすぎた八百屋の屋台の中から聞き覚えのある声がかけられた。

「あれっ、ナマエじゃないのかい」

「あ、タナさん。おはよう」

タナさんは、俺がこの世界に飛ばされて一番最初に出会ったおばちゃんだ。復興作業を紹介してくれたのも彼女だし、その節は色々とお世話になった。俺の顔を見ると、台に野菜を並べていた手を止めて屋台の中から出てきてくれた。

「久しぶりだね、元気だったかい」

「うん。タナさん、八百屋だったんだね」

彼女の屋台には立派な野菜が並べられており、そのどれもが目一杯太陽の光を浴びて丸々と大きく育っている。美味しそう。

「ずっと復興にかかりきりだったからね。ようやく店が再開できて嬉しいよ。ところで聞いたよアンタ!ガレーラで働くことになったんだって?」

「うん、アイスバーグさんが色々助けてくれて」

「そうかいそうかい、良かったねえ」

タナさんは俺の顔をまじまじと見ると、うんうんと頷き笑みを浮かべた。年相応に顔中にくしゃっとシワが寄るが、そんなシワなど一切気にしない雰囲気はむしろ好感が持てる。

俺の持つ、この町の人のイメージはタナさんで構築されたんだろうなと思う。親切で人好きで豪快で温かい。「細かいこと気にするんじゃないよ!」って言いながら、食べきれない量の野菜を持たせてくれる田舎のおばちゃんみたいな。そんな印象が強い。





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