かっこいい、と騒いでしまったためか、作業をしていた何人かの職人さんがアイスバーグさんに気づき、手を止めこちらへと集まって来た。 「社長!もう出てきて平気なんですか」 「ンマー、俺ばっかり休んでんのも心苦しくてねェ」 「だったら仕事の予定キャンセルとかしないでくださいよ、市長の仕事も滞ってるって、こないだクレーム来ましたよ」 「はは、でもアイスバーグさんが仕事キャンセルしなくなったら、槍でも降るんじゃねェかって思うなァ」 違えねェ、そう誰かが言って、一斉に皆が笑った。しかし周りの和やかな雰囲気とは相反して、俺は一人度肝を抜かれていた。
社長?アイスバーグさんて社長なの!? 俺てっきり人事部とかそういう部署の偉い人だと思ってた!しかも市長でもあるわけ!?なにそれ、ビックリだよ、そんな話、ひとっ言も言わないんだもん! そういう大事なことは言っておいてよ!知ってれば昨日、アイスバーグさん相手に個人的なこと愚痴ったりしなかったよ!うわああごめんなさい!
「ところで……、誰っすか、そいつ」 作業着姿の彼らの内の一人がふと、俺の方へと視線を寄越した。アイスバーグさんの立場を今さら知った俺は、動揺しまくっていた顔をキッと引き締め、少しでもだらしなく見えないよう取り繕う。 こんなにも大人数だと威圧感が強くて萎縮してしまいそうな職人さんたちは、皆一様に木屑まみれだった。手は節くれ立ってマメや切り傷もあって、すごく職人さんっぽい手をしている。そのせいか、顔が怖めでも親しみやすさがあるように感じる。 しかしそれでも、ここまで大柄な人たちに囲まれると、無意識に後ずさりしてしまうくらいの圧迫感はあった。大人数からのジロジロと無遠慮な視線に、俺はせっかく引き締めた顔もキープ出来ず、「ど、どうも」と会釈をしてやり過ごすことしかできない。 「ンマー、俺の新しい秘書だ」 「へェー、新しい……」 「ええ!?」 「はああ!?」 アイスバーグさんの言葉に、目の前にいた人たちだけじゃなく俺も驚いた。秘書!?秘書って言った!?今!! 「アイスバーグさん!?秘書!?」 「あれ、言ってなかったか」 「言ってないです聞いてないです!秘書!?おおおお、俺、秘書検持ってないです!!」 「……?ひしょけん?なんだ、そりゃ」 あ、この世界はそういうのないのか。で、でもだったとしても、秘書って特殊技能が必要な職業なんじゃないの!?いい大学出たエリートじゃないとなれないとか、そういうのがありそうなんだけど!
「お前さんの頑張りは作業場で良く見ていたから知っている。おっちゃんたちも誉めてたしな。力はねェが根性はある、と」 「で、でも秘書ってなにする仕事なのか分かってないですし!」 「初めてなら分からないのも当然だ。なァに、その辺はちゃんと教えて行く。言ったろう、やる気があればいいと。あるんだろ?やる気」 「あ、あります……、ありますが、え、えぇ……?」 むしろやる気しかないと言うか。バイトを紹介してもらえる、な程度の感覚で来てしまったから、まさか秘書なんて役職を与えられると思っておらず、俺は呆気にとられてしまった。周りに集まっていた職人さんもざわざわしてるし、やっぱり「若造が秘書なんて……」っていう空気になっている。
「……ま、いいんじゃねェか?」 しかし、サングラスをかけた職人さんがそう声を発し、辺りに広がっていたざわめきが落ち着いた。 「アイスバーグさんがいいって思ったから連れて来たんだろ?いいんじゃねェのか」 「え、けどよ」 「新しい秘書がいねェと色々仕事しづらいだろうし、いつまでも穴開けとくわけにいかねェだろ。復興が終わったら、ガレーラも本格的に再始動するんだ。職人だって何人か、新入り入れなきゃなんねェ」 サングラスの彼がそう言ったのを皮切りに、「まあなあ」、「確かに」という声があちこちから聞こえ始める。しかし踏ん切りがつかない俺は、その人たちの顔を唖然と見つめ、アイスバーグさんを見上げた。 「正社員だぞー?安泰だぞー?」 「う」 しかしアイスバーグさんの追い討ちに、断るという選択肢が弱まっていく。 「給料も良いぞー。住むところも、うちで所有してる部屋を安く貸せるぞー」 「あ、あう」 「現状足りない生活費は、給料前払いしてもいいぞー」 「むうう」
秘書という仕事はあまりに未知数で、しかも大きな会社で社員も大勢いて。こんな社会人未経験の若造がいきなり収まっていいポジションじゃないと思う。きっと責任だって大きいし、小さなミスが会社全体のミスになることだってあり得るのだろう。 だけど、アイスバーグさんは俺がズブの素人であることを知った上で、そんな重要な役職に薦めてくれている。生活は安定する、誘いを断ったところで仕事が見つかる保証もない。しかし、そんな個人的なメリットより、見ず知らずの俺にここまで親切にしてくれるアイスバーグさんの好意に答えたい。そう、思うから。
「よ、よろしくお願いします」
頭を下げて挨拶をする俺に、ドック内で歓声が上がった。皆が代わる代わる名乗り自己紹介をして、多くの職人さんが歓迎してくれる中、少し離れた壁際に、先ほどアイスバーグさんに詰め寄っていたあのゴーグルの人がいるのが見えた。壁に寄りかかったまま、近づいて来るわけでもなければ離れるでもない。ただ、じっと俺を見ていた。まるで観察するかのような、品定めをするかのような……そんな視線が、やけに印象的だった。
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