カーテンの隙間から差し込む光で目が覚める。朝日が昇ると同時に目覚めるなんて、すごい健康的な生活だ。 「んああ……」 大きく伸びをして眠気を吹き飛ばす。ベッドだけでほぼ一杯なこの小さな部屋は、自宅が水害で無くなったことになっている俺に仮で与えられた住居になる。単身者から大家族まで、俺と同じように現在自宅に住めない人たちが何世帯か生活している。
部屋から出て日課にしている早朝散歩に出ると、丁度町一番早起きのパン屋さんが店を開けているところだった。 「おはようございます」 「おー、ナマエ、おはようさん。今日も早いな」 「キースさんほどじゃないですよー」 「良かったら持っていきな、焼きたてパンだ」 「わあ!ありがとうございます!」 「何、いいんだよ。その代わり感想聞かせてくれな。試行錯誤してる最中の新作なんだ」 袋を開けると小麦粉とバターのすごく良い香りがして、俺の腹が盛大に鳴った。
あれから、3週間ばかりが過ぎた。とはいえ、正確に日にちを数え始めてからの3週間だから、実際にはもう少し経っているのだろう。 この町の人はすごく気さくで、どこの骨とも分からない俺に対してもとても親切にしてくれる。どうやら水害被害は町皆の痛みだ、っていうのがここでは常識らしい。 俺自身がそのアクア・ラグナに合ったわけじゃないから、騙してるようで正直心苦しいんだけど、でも仮住居やお古でもらった服や炊き出しがないとあっという間に生活出来なくなるから、ありがたく頂かせてもらっている。その分復興作業で返します、と心の中で謝罪しつつ。
………さて。いい加減俺は、おかしいことに気づき始めている。 夢の中だと思っているこの町で、俺はもうかなりの日数過ごしてきてしまった。起きて寝てを何度も繰り返し、その間ご飯も食べたし、限界まで体を動かしてるし、多少の怪我もしているし、トイレだって行っている。さすがに目を覚ましていいだろう。本当に、夢であるならば。 うっかり記憶の彼方へ追いやっていた、この町の海岸で目を覚ます直前の出来事。あれって、俺、車に轢かれたんだ……よな?ドーンって来てバーンってなって、目の前が真っ暗になったよな。真っ暗い闇の中に、自分の意識がフッと消える瞬間を覚えている。あの感覚を思い出すと、今でも背筋にずぞぞっと寒い物が走って体が震える。 それで目が覚めたらここだった、って……、それって、やっぱりアレなんだろうか。死後の世界っていうやつなんだろうか。
(………俺死んだ、のかな)
建物の隙間から見える海岸をぼんやりと眺めていると、キースさんは「まだ眠いのか?」と笑った。もしここが死後の世界なんだとしたら、この筋肉隆々の逞しい腕にもっじゃーと毛が生えたキースさんは天使ってことなんだろうか。……それはやだなあ。キースさんは好きだけど、天使のイメージとは違うもんなあ。 「この辺りもだいぶ元通りになったな。もうそろそろ復興作業も終わりそうだ。仮宿舎で生活していた奴等もほとんど自宅に帰れてるみたいだし」 「そうですか!それは良かったです」 「お前も毎日一生懸命作業してくれてるし、あっというまに色々片付いて、本当に助かった」 「そんな、俺は全然」 「謙遜すんなよ!」 わっはっは、とキースさんは豪快に笑って俺の背中をバシバシ叩いた。若いのに謙遜できるのはいいことだ、なんて誉めてくれているが、ハッキリ言おう。俺は本当に役立たずです。
確かに俺は、復興に携わってるメンバーの中では若い方だ。だけど、一回りも二回りも年上のおっちゃんたちの方がよっぽど体力も筋力も有り余っていて、俺はついていくので精一杯だった。基本的に力仕事が多い作業の中で、俺ひとり砂袋を持つのが1つで限界だったり、台車だって行って帰ってくるのに時間がかかったり。「若い男手」っていう前提で紹介してもらったのに、それはもう、足を引っ張りまくってしまっている。 これでも同世代の友人の中では力がある方だったんだけどなあ。居酒屋バイトでジョッキ10個持ちとか、洗い物の皿が大量に入ったカゴとか運ぶから、筋肉はまあまあついてると思ってたんだけど。
おっちゃんたちは、「若ェのに貧弱だなあ!」って笑ってくれてるから良かったけど、本当はもっと即戦力になるタイプを期待してたんだろうから申し訳ない。 今でも毎日のように酷い筋肉痛に悩まされてはいるけれど、ただでさえ情けない俺が真っ先に音を上げるのはカッコ悪い気がして、今ではもう半分意地で、一番遅い時間まで作業するようにしている。
「ああ、そういや頼まれてた件なんだけどよ」 少しだけ声のトーンを下げて、キースさんはそう切り出した。 「……どこもやっぱ難しいみてェだな。知り合いんとこ当たってみたんだけど、どこも新たに雇う余裕はねえらしくて。やっぱ修繕費用とか、色々入り用だっつってさ。ある程度市が免除してくれるんだとしても、全額無償ってわけにはいかねェから」 「そうですか……」 悪いな、とキースさんは申し訳なさそうに眉を下げる。 「俺も手助けしてやりてェんだが、うちは店小せェから、元々誰かを雇えるほどじゃなくてよ」 「そんな、声をかけてくれただけ助かってます」 美味しいパンも頂けてるし、そう言って笑うと、キースさんも「それぐらいならお安いご用だ」と、にこりと笑顔を見せた。
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